第783話 宣言

 暴虐さんを眺めながらアイスコーヒーを飲んでいると、オレの人外センサーが反応した。


 ちなみにオレの頭にアホ毛はないぜ。じゃあ、どこにあんだよと聞かれたら答えよう。オレの心の中さ!


 テーブルの上で家主を軽蔑の眼差しを向ける住人は敢えて無視。スルー神のご加護があれば心は凪ぎのように静けさだぜ。


「……見張られてんの……?」


 暴虐さん、なにしたのよ。


「……そこで自分だと思わないところがさすがだよ……」


 え、見張られてんのオレなの!? オレ、人畜無害で平和主義な村人だよ!


「ベーはどこかに閉じ込めてた方が世界のためだと思うわ」


 その前にオレが君を壺に閉じ込めてやるよ。千年後に開封されろや。なんて思ったけど、千年後に迷惑はかけられない。今の問題は今のヤツが解決せんとな。


 空になったコップを逆さまにしてメルヘンを封印──を逃れ、飛びひざ蹴り。からの回し蹴り。オレじゃなかったら鼻をへし折られてるぜ……。


「イイ度胸じゃワレー!」


「それはこっちのセリフじゃボケー!」


 なんて和気藹々がありましたが、話を元に戻しましょう。


「クク。さぞや苦労させられてそうだな」


 誰がよ? と聞くのはヤボか。苦労が似合うのなんてご隠居さんしかいねーしな。


「ほんと、ベーと関わると苦労しかないわ」


 オレも君と関わってから苦労しかしてないんですけどね。


「羨ましいよ」


 なんとも哀愁と言うか、悲壮と言うか、遠くを見ながら笑う暴虐さん。能天気な人外がいる中でこの人外さんだけが取り残されている感じだな。


「暴虐さんは、毎日釣りしてんのかい?」


「することもないんでな」


 釣りが好きでやってたわけじゃねーんだ。よく飽きねーこと。


「別に好きなことしたらイイじゃん。なんか制限でも受けてんのかい?」


 ここにいる人外ども、そんな制限があるからと自重するヤツらじゃねーだろう。まあ、ご隠居さんに怒られるの必至だろうがな。


「まあ、ある意味受けているかもな……」


 今度は自嘲気味に笑った。


 じゃあ、なんでここにいんだよ? と聞くのはヤボだろうな。その答えを一番知りたいのは暴虐さんなんだろうからよ。


「それで、わしになにか用なのか?」


 それ以上は話すこともないとばかりに、話を振ってきた。


 こちらもそれ以上、深めたいわけでもねーんで、本題に入ることにする。


「単刀直入に言うと、この子を強くしてやってくれ。勇者にも勝るようによ」


 そう言うと、暴虐さんがキョトンとなり、次にククと笑い出した。


「……長い間生きてきて、こんなに笑ったことはないよ……」


 暴虐さんの中では、あれが大爆笑のようだ。どんだけ笑ってないんだよ。


「なぜ、わしに言うんだ? 強くしたいなら他に適任がいるだろうに」


 確かに、あの仲良し五人組でもイイんだが、オレの中では暴虐さんが一番適任だと思っている。


「なんて言うのかな、強さに執着する度合い? って言うのかな、オレが見た人外の中で暴虐さんが一番強く見えたんだよ」


 これはオレの想像で妄想だが、誰よりも強さを求め、誰よりも努力したが、どうしても一番にはなれず、負け続け、それでも強さを求め、やっと強くなったらライバルがいなくなっていた、って光景が暴虐さんから見えるのだ。


「暴虐さんって、ご隠居さんと同じ年代だろう?」


「……お前さんは、神眼でも持っているのか……?」


 たまに自分でもそう思うよ。まあ、単に勘がイイだけだろうがな。


「なんつーか、ご隠居さんや他の人外は、正統派、って言うの? 常に前を見て、自分だけの道を突き進んでいる感じじゃん」


 それはとっても幸運なことで、最高の生き方だろう。だが、そう言うヤツは後ろを追いかけてくるヤツのことなんか目に入ってねーし、気にもしてねーだろう。


 まあ、それが悪いとは言わねー。後ろを見る暇があるなら前に進んだ方が建設的で、正しい在り方だと思うからな。


 でも、とオレは思う。


 正しい在り方で生きた者は正しい在り方しか教えられねーって。この世は負に満ちている。誰しも心に闇を抱いている。光ばかりを追いかけるヤツらばかりじゃねー。


「その点、暴虐さんは邪道だ。正しい在り方に真っ向から挑んでる。それがイイと、そこに真の強さがあるとオレは思う」


 魔王ちゃんが目指すのは聖人君子じゃない。悪辣非道な覇王だ。望むものを得られるのなら名を汚すのも厭わない。あるのは勝利。死なないなら何度でも挑む、そんな強さを欲しているのだ。


「オレがなにより暴虐さんを選ぶ理由は、燻っているからだ」


「……燻っている……?」


「言葉を変えるなら不完全燃焼だ。燃えたのに燃えられない。そのどうしようもない熱を爆発させたいと言う願望が見えるからだ」


 この暴虐さんに平和は似合わない。戦いの中こそが暴虐さんの居場所なんだろう。が、それを爆発させる場所もなければ相手もいない。そりゃ、燻るってものだ。


「なあ、暴虐さんよ。あんたのその思い、魔王ちゃんにぶつけてみねーか? 結構、いや、スゴく燃えると思うぜ?」


 自分は最強にはなれる才能はなかった。だが、最強を創り出せる才能は、どうだ?


 あんたの前にいるヤツは最強の存在を創り出せたか? その強さを受け継がせることができたか? あえて言おう。否と!


「暴虐さんよ。誰も為し得なかった魔王の中の魔王を創り出せ!」


 これを聞いて燃えなきゃオレの目が悪かっただけ。世界一の勘違い野郎ってことだ。


「──クッ。アハハハハハッ!」


 暴虐さんが突然、笑い出し、その心の中で熱い力が燃え出すのを感じた。


「よいだろう。わしが魔王の中の魔王を創り出してやるよ!」


 その宣言、確かにオレが聞いた。盛大に燃え上がれ!

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