第782話 暴虐

 ピンチはチャンスだ。


 とか、誰かが言っていた。


 意味はよくわからんし、ピンチになる前になんとかしろよと、以前なら突っ込んでいたが、人はなってから気づくもの。今そこにあるオレ(主人公)の危機に対処しなければオレ(主人公)に明日はない。


 そう、これはピンチ。だが、チャンスでもある。


 オレ(主人公)の危機を救うのは神の采配かご都合展開のどちらか。今この状況で前者か後者かでいえば前者だ。まさに神の采配というべき状況である。


 で、なにが言いたいのよ? 


「オレが幸せでありますように」


 と、オレも幸運の妖精にお祈りさせていただきます。ナンマンダブ~ナンマンダブ~。


「……なにか、邪な願いを感じるわ……」


 誰だ? 神ってるプリッつあんのお心を乱す者は? 我が成敗してくれる!


 辺りを見回すが、邪な者は見て取れない。我に恐れて逃れたか……。


「んじゃ、お祈りもしたし、いくぞ」


 あとでプリッつあんにお供え物しようと思いながら本来の目的へと向かった。


「人が多いんですね」


 キョロキョロと不思議そうに辺りを見回すミタさん。まるで田舎から出て来たお上りさんみたいだな。


「こうして見ると、ベー様が異常なのがよくわかりますね」


「人を異常者にすんな。オレは至って普通の感覚の持ち主だ」


 なんなの、突然の悪口は? ご隠居さんと言い、ミタさんと言い、そんなにオレを貶めたいのかよ。


「普通の感覚なら魔族を受け入れたり、魔王ちゃんの師匠になったりはしないわよ」


「別に受け入れたからって異常ではないだろう。オレからしたら種族が違うからと、なにも考えずに拒否する方が異常だわ」


 命は違って当然。多様性が命の発展に繋がる。拒否するのは自分を否定するのと同じことだわ。


「自分を認めるなら他人も認めろ。たくさんある命の一つだと思えば種族が違うことなんてどうでもイイわ」


 もちろん、種族的な違いや文化的な違いはある。全ての違いを受け入れることはできねーさ。だが、最初から否定すんのはオレの主義に反するし、おもしろくもねー。


「いろんな種族がいて、いろんなヤツがいる。だから楽しいんじゃねーか」


 それは前世の記憶があるから言えることだろう。だが、それがどうした。前世の記憶があればこそ、いろんな種族と仲良くなりてーじゃん。おもしろいじゃん。これぞ、ファンタジーじゃん。


「まあ、それはオレの考え。オレの勝手だ。種族に偏見を持ちたいなら持てばイイし、否定したいのなら否定すればイイ。オレの与り知るとこじゃねーさ」


 だが、ヤオヨロズの国に住む者には止めて欲しいな。ギスギスした国の横で生きるのは落ち着かねーからよ。


 これと言った会話もなく、港へとやって来た。


「……赤毛のねーちゃんはいねーか……」


 まあ、別に会いたいわけじゃねーが、会えるのなら名前を確認しておきたかった。このままだと、ナッパって名前に固定されそうなんでよ。


「ベーって、どこにでも知り合いがいるよね」


「どこにでもはいねーよ。いるところにいるだけだ」


 この世界、どんだけ小さいんだよって話だわ。


 プリッつあんの戯れ言を流し、思うがままに海沿いを歩く。


「また釣りしたいな」


 おバカどもとご隠居さんとした釣り──ではなく、漁になっちゃったけど、あれはあれで楽しかった。また誘ってみるか。


「わたしは二度とベーとは釣りにいかないからね!」


 ん? プリッつあん、釣り嫌いだったっけ? ジーゴと楽しく釣りをしていた記憶が……あるようなないような……プリッつあん、あのときいたよね?


 なんだろう。楽しかった記憶しかないねーんだけど。


 ま、まあ、釣りが嫌いなら誘わねーさ。好きな者同士やるのが最高だしな。


 散歩感覚で歩いていると、なんかコーヒーが飲みたくなってきた。


 そう言うときは逆らわないのが吉。土魔法でテーブルと椅子を作って、皆でマンダ〇タイムと洒落込んだ。


「ん~マ〇ダム」


 海辺で飲むコーヒーの旨いこと。あ、夏の海なんだからアイスコーヒーにすればよかったかもな。


 味だけではなく雰囲気を楽しむのも一興。コーヒーを飲み干し、アイスコーヒーを出していただいた。


「あーアイスコーヒーうめ~!」


「ベーの場合、コーヒーならなんでもいいんでしょう」


 なんでもイイはない。旨いコーヒーがイイのだ!


 違いのわからないメルヘンに言っても無駄。大人しく白茶でも飲んでろ。


「と言うか、なにしに来たわけ?」


「魔王ちゃんの武力を向上してくれそうな人を誘いに来たんだよ」


 人と言うか人外だけどな。


「どこにいるのよ?」


「たぶん、そこら辺にいるんじゃね?」


 この流れはオレの出会い運が働いている感じがする。なら、慌てず騒がず待てばイイさ。急ぐ必要は……あるか。いつまでもサプルを放置できんしよ。


 それでも流れるままに時の流れに身を任せていると、向こうから人外さんが釣り竿を担いでやって来るのが目に入った。


「おう、久しぶり。ちょっとイイかい? 暴虐さんよ」


 名前はわからんが、ご隠居さんが口にした、この人外さんのあだ名はしっかりと覚えている。いや、目を見てからそのあだ名が消えてくれないのだ。


「お前さんか。わしと話してもよいのか? あのじじいがいい顔せんぞ」


「オレが誰と話そうとご隠居さんに反対される筋合いはねー。オレが話したい相手はオレが決めるよ」


 それに、オレはこの暴虐さんが結構好きだぜ。


「オレと話すのも嫌だってんなら無理に誘いはしねーよ。でも、付き合ってくれると嬉しいな」


 嫌いなら嫌いで素直に受け入れるぜ。だが、認めはしないがな!


「……ほんと、お前さんは変わっとる……」


「オレが求めている方に変わってんなら本望さ」


 どうぞと席を勧めた。


「……まあ、せっかくだ。付き合わせてもらおうか……」


 ミタさんにアイスコーヒーを出してもらい、暴虐さんの前に置いた。


「では、この出会いに乾杯だ」


「ああ。乾杯だ」


 お互いにコップをぶつけ合った。

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