第775話 駄々っ子神

「……ベー。ベー、起きて……ベー」


 なにか遠いところからオレを呼ぶ声がする。なんだよいったい?


「ベー! 起きなさい!」


 鼻の辺りになにか触れる感覚に、瞼を開ける。


 ……知らないパンツだ……。


 つーか、なんで目の前にパンツがあるんだ? 


「ベー! 起きろー!」


 鼻の頭がふにゅふにゅとくすぐったい。ほんと、なんだよ?


 揺れるパンツを見ながら自分が寝ていたことに気がつき、外した腕時計を手に取り、時刻を確認する。


 ……五時か……って、五時じゃねーか!


「なんだよいったい? まだ起きる時間じゃねーだろう」


 オレの起床は六時前くらい。プリッつあんもそのくらいだ。まあ、気がついたらいないけどさ。


「あれが聞こえないの?」


 あれってなによ? と寝ぼけた意識を耳に集中させると、あんちゃーん。あんちゃーんとサプルの声が聞こえた。


「……なに、あれ……?」


「サプルがベーを起こしてるのよ」


 なんで? オレ、目覚まし時計がいらない男ですよ。


 よほどのことがなければオレは決まった時間に起きる。それはサプルも知っていることだ。


「昨日の続きでしょう。ベーが無理矢理眠らせたから早く起きたんでしょう。もう一時間も前から叫んでるわよ。まったく、サプルもサプルだけど、あれで起きないベーもベーだわ。なんとかしてよ。うるさくて眠れないじゃない」


 オレは寝てたんだから起こすなや。と言っても納得してくれないだろうから心の中だけで言っておきます。


 しょうがねーなと起き上がり、ドアへと向かい、開けた。


「あんちゃん! やっと起きた!」


 ぷんぷん怒るマイシスター。そして、それに付き合わされているだろうメイド長さんとメイドさんたち。ミタさんはいねーか。


「まだ五時だろう。オカンや親父殿が起きるだろうが」


 起きなければならないメイドさんたちはお気の毒だけど。


「だって、いっぱい眠ったから早く起きちゃったし、早く飛行機に乗りたいんだもん!」


 一晩眠っても昨日の興奮は冷めてくれなかったか。まあ、なるわけねーか。好きなことには全力投球な兄弟だしよ。


「わかったわかった。朝食済ませたら乗せてやるからガマンしろ。ってか、操縦できるのか、あれ?」


「できるよ! 使い方聞いたから」


 戦闘機ってそんなに簡単に覚えられるのか? とは今さらか。好きなことには驚異的な才能をみせるんだからよ。


「ならイイよ。とにかく朝食後だ。それまでガマンしろ」


「できないっ!」


 即行却下。駄々っ子神降臨だよ。ったく。


 こうなったらどんな説得も無駄。とっとと叶えてやることが一番の解決方法である。


「メイド長さん。家にサプルがいなくても大丈夫かい?」


「はい。大丈夫です」


 サプルの教えがイイのか、それともメイド長の教育の賜物かはわからんけど、もうオレらいらねーんじゃね? との思いは深く沈めておこう。なにか心が折れそうだしな。


「ちょっと用意するから待ってろ」


 オレ、まだパジャマなんだよ。まあ、いつもの格好と変わらんけどさ。


 いつも着る服から転移バッチを外し、右胸につけてすぐに戻った。


「サプルと一緒に行ける者はオレにつかまれ」


 と、真っ先にサプルがつかまり、メイド長さんと三人のメイドさんがオレにつかまった。


 転移バッチ発動。魔大陸へと飛んだ。


 こちらはまだ夜中らしく、周りは暗かったが、二十四時間体制なのか、あちらこちらで明かりが灯り、多くの兵が見て取れた。


「あんちゃん、ここどこ?」


「メイド長さんたちのふるさとだよ」


「そうなの?」


「はい。ですが、面影はまったくなくなりましたが……」


 まあ、完全無欠に軍事基地になってるからな。


「ちょっとそこ行く兵士さん。司令官か副司令官を呼んでもらえるかい?」


 突然現れたのにも関わらず、まったくアウト・オブ・眼中な兵士さんたち。ちょっとは危機感持てや。いや、これも今さらだけどよ……。


「はっ! 少々お待ちください」


 と、無線で報告し、しばらくして副司令官さんがやって来た。


「ベー様。どうされました?」


「これ、オレの妹でサプル。ワリーんだけど、妹を戦闘機に乗せてくれ。いや、操縦させてくれ。一回教えればなんでも乗れるんでよ」


 そんな無茶な要求なのに、なぜとは聞かない副司令官さん。カイナはどんな教育してんだ?


「わかりました。乗せればいいんですね?」


「ああ。ただ、迷子にならねーように注意してくれ。またすぐに来るんでよ。サプル。この副司令官さんが乗せてくれるから言うこと聞けよ」


「うん! わかった!」


 たぶん、わかってないだろうが、あのアホに付き合うヤツらだ。多少のことには動じんだろうさ。


 サクッと副司令官さんとメイド長さんに任せて我が家にリターン。まだ暖かいベッドに潜った。


「ドレミ。朝食になったら起こしてくれ」


「はい。わかりました」


 スライムなドレミを抱いておやすみなさい。スヤスヤ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る