第763話 焼肉丼

 転移した場所は館の前。中だと誰かにぶつかるかもしれんから外に転移したのだ。


「いちいち館の前に転移すんのもメンドクセーし、館内に専用の転移間でも作るか」


 部屋だといつ帰って来たか、執事さんたちにわからんし、オレの流儀にも反する。帰るからには堂々と、家の者に迎え入れてもらいたいぜ。


「だったら決まった時間に帰ってこいよ」


 なぜかそこにあんちゃんが。なにしてんだい、こんな時間に?


「お前を待ってたんだよ。なのに、いつまで経っても帰って来ねーから夕食ご馳走になって帰ろうとしたら目の前にお前が現れたんだよ」


 そりゃタイミングがイイこって。転移場所にいたら弾き飛ばされてたぞ。この転移バッチ、それほど転移先に優しくねーからな。


「そうかい。それは悪かったな。で、なんの用だい?」


 これ以上時間を取らすのもワリーと、単刀直入に聞いた。


「ハルの町に顔を出せ。お前、あそこの領主になったんだろうが。ウルさんが目の下に隈をつくってたぞ」


 ハルの町? って、人魚の町か。そう言や、あの一帯、オレがもらったんだっけな。いろいろあって忘れったよ。


「ウルさんにはワリーが、もうしばらくガンバってくれと伝えてくれ。お礼にウルさんが大好きなヌイグルミを沢山やるからってことも頼む」


 ウルさんの趣味にはドン引きだが、ガンバってくれるのならオレは幾らでも耐えるぜ。


「ったく。早めになんとかしろよ。こっちの商売にも支障が出んだからよ」


「損が出てんのか?」


「儲けが出過ぎて追いつかねーんだよ。あっちこっちから商人が来て、その対応に追われてんだよ。仕切るのがウルさんしかいねーんだから」


 言われてみれば領地を経営するための人材ではなかったっけ。


「ん~。そう言われてもさすがに人魚の世界にそれほど知り合いはいねーしな、すぐには無理だわ」


 そもそも港でしか人魚と会ってなかったし、ほとんどが兵士。商人なんて数えるほどだ。その商人だって店に来て商売する繋がりしかねーしな。


「まあ、ウルさんにはもう少しガンバってもらおう。ヌイグルミの他にも栄養があるものを供えてな」


 前にあんちゃんに飲ませた栄養剤を薄めたものを苦瓜に混ぜ込んで食わせれば一年くらいは余裕だろう。問題はヌイグルミだ。メイドさんの中で裁縫上手な方いねーかな?


 サプルちゃん、ヌイグルミ作りに嵌まったのは一瞬だけで、数体しか作んなかったんだよな。お陰でウルさんからの要求を躱すの大変だったぜ。


「ったく。忘れずにいろよな。ハルの町が都市になる前によ」


「わかったわかった。それまでになんとかするよ」


 絶対だぞと念を押すあんちゃんに手のひらを振って答え、館の中へと入った。


「お帰りなさいませ、ベー様」


「おう、ただいま」


 なぜかいつもいる執事さんに答え、食堂に向かった。


 いつものようにメイドさんたちはまだ食事の時間ねようで、順番待ちが食堂の前に並んでいた。


「別に並ばなくてもイイんじゃねーの? つーか、他の場所で食えばイイじゃん」


 保存庫を何部屋か潰せば一斉に食えるんだろう。


 まあ、なにもしてねーオレのセリフではねーし、保存庫を潰して造る時間もねーけどよ。


 食堂に入り、囲炉裏間に向かうと、家族の夕食は終わり、団欒の時間となっていた。


「ワリーな、夕食の時間に間に合わなくてよ」


 謝りながら囲炉裏間に上がり、開いてるところに座った。


「いつものことだろう。今更気にもならんよ」


 と、親父殿。もしかして、オレの存在希薄してる?


「そ、そうかい。あ、サプル。夕食頼むわ。あるもんでイイからよ」


「うん、ちょっと待ってて──」


 と、マイシスターが消失。しばらくして再出現。その手には焼肉丼を持っていた。


「……米、か……?」


 実にふっくらした米が焼肉の下にあった。


 東の大陸のもんじゃねーな。じーさんの店で食ったパエリアっぽいものに入ってたものは細長かったしよ。


「うん。タケルあんちゃんが持って来たの」


 あ、カイナーズホームで買って来たのか。ってか、そのタケルはどーしたい? 姿が見えねーが。


「帰って来たと思ったらすぐでかけちゃったよ」


 まあ、生きてりゃなんでもイイさ。今は焼肉丼を食べましょう。


「……ゴジル味か……」


 これはこれで悪くはねーが、できればエバ〇の焼肉のタレで食いたかった。あれの中辛は生まれ変わっても舌が覚えるぜ……。


 あ、カイナーズホームで買えばイイのか。明日忘れずに買おうっと。


「ねぇ、あんちゃん」


 モグモグ食ってると、サプルが話しかけてきた。なんだい?


「これなんだけど」


 収納鞄から花柄の容器を取り出した。


「シャンプー?」


 確か以前、カイナーズホームで買って風呂場の棚に置いたものだ。


「もうないの。あんちゃん持ってる?」


「いや、持ってないが、明日買って来るよ。明日またカイナーズホームにいくからよ」


「カイナーズホーム?」


 と、首を傾げるサプルちゃん。あれ? カイナーズホーム知らねーのか?


「港にいってねーのか?」


「うん。行く用がないし、最近忙しかったから」


 まあ、サプルが興味を引くもんねーし、いくとしたら海水浴か涼みぐらい。滅多にいくところじゃねー。


「なら、明日オレと行くか? サプルが気に入りそうなもんもあるしよ」


 確か、調理器具コーナーがあったはず。サプルなら喜ぶはずだ。


「買い物か。隣のあんちゃんの店より大きいの?」


「ああ。何百倍と広いし、商品は一日かけても見れねーほどあるよ」


 まあ、比べる方がワリーが、サプルに教えておくのもイイだろう。生活の質を上げてくれるだろうしな。


「そうなんだ。じゃあ、いく!」


「なら、収納鞄をたくさん空けておけよ。すぐに埋まっちまうからな」


 わかったー! と返事して食堂を飛び出すサプルちゃん。そして、追いかけるメイド長さん。ご苦労おかけします。


 にしてもゴジル味、以外と食欲を誘うな。腹八分なのに、もうちょっと食いてーと思わせて来るぜ。


「あ、焼肉丼、お代わり」


 配膳するメイドさんに頼み、お代わりをお願いした。 

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