第758話 我に時間を

 エレベーターの階ボタンを押してから気がついた。ご隠居さんの存在に。そして、忘れててごめんなさい。


「そう言や、ご隠居さんってどうした?」


 と、猫型ドレミに尋ねた。エリナの領域はドレミの領分だからな。


「ご隠居様でしたらイチ蔵と将棋をさしています」


 イチ蔵……って確か、番犬さんだったよな。いつの間に将棋する仲になったんだ?


「ご隠居さん、なんか言ってたか?」


「イチ蔵と将棋をさしてるから気にするな。飽きたら自分で帰るとのことです」


 そっか。ワリーことしちまったな。この借りはいずれ倍にして返すよ。


 言葉にしたところで笑って流されるだろうから心の中で呟き、「あいよ」とだけ言葉にした。エリナに聞かれてたら小っ恥ずかしいからな。


 室内が沈黙に満ちる中、エレベーターが地下三十六階に到着。チンと鳴って扉が開いた。


「……倉庫か……?」


 エレベーターから出ると、そこはテニスができそうなくらいの広さがあるところだった。


 蛍光灯のような明かりが灯ったそこには、エリナが使っていた馬車とコンテナが一つ置いてあった。


 まあ、これと言って感想もないで、先に見えるドアへと向かって歩き出した。


「ってか、開いてんのか?」


 手動ロックではなく鍵穴がついており、なんか閉まってる感じに見える。自動ロック式か?


「創造主の領域内ならマスターはフリーパスとのことです」


 ジャラジャラと鍵の束を渡されるよりはマシだしな、お気遣いありがとさんよと言っておくよ。


 ドアノブに手を伸ばし、回して押すとすとすんなり開いた。


「……外……?」


 な訳ねーか。地下三十六階なんだから。


「……す、凄い。地下に空がある……」


 幽霊もびっくり。上を見たら青い空と光の玉が六つ、あった……。


「これ、エリナが生み出してんのか?」


「はい。まだ魔力が少ないために描いたような空と太陽玉が六つしか生み出してませんが」


 言われてみれば確かに青いだけの空だった。


「でも、これだけのものを生み出すとか、エリナってスゲーんだな」


 神(?)からもらった能力とは言え、これだけのことができるとは。神(?)以上にそう言う発想ができるエリナに感心するわ。オレの能力では千年かかってもできねーぜ。


「ベー様。ジオフロントはカイナ様が行っていて、完成したところからエリナ様に渡しているそうですよ」


「そうなのか? カイナの野郎、よくエリナと連携できてるな」


 あいつ、エリナが苦手なはずなんだが。


「そこは代理者を立てていっていますよ」


 そりゃまた貧乏くじを引いた──つーか、貧乏くじを引かされたヤツも気の毒に。会うことがあったら誠心誠意、感謝の敬礼をさせてもらおう。望むならヤオヨロズ国の立役者として讃え、目立つところに銅像でも立ててやろう。歴史に刻んでやるよ。


「自分で言っておいてなんだが、こんだけの大空間を地下に造って崩壊とかしねーのか?」


 こんだけ広いとエリナでも維持すんの大変じゃね?


 上空(?)まで二、三百メートルはありそうだし、反対側なんて霞んで見えねーぞ。


「今はカイナ様の魔力で維持して、余裕ができて来たら上から補強して行くそうですよ」


 まあ、好きなようにやってくれだ。オレはオレのできることをやるからよ。


「んで、バスとやらはここに来るのか?」


 ここを簡単に言ったら断崖絶壁。殺人犯を追い詰めるには適しているだろうが、ここにバスが来るメリットらしきものはねー。つーか、バスが通っている理由が聞きてーよ!


「バス停ならそこに」


 と、ミタさんの指先を追うと、ドアの横にバス停があった。しかも屋根つきの。雨降るんかいっ!


「……しっかし、無駄に豪華なバス停だな。誰が利用すんだよ……?」


 エリナは馬車を使うだろうし、見渡す限り誰もいねー。あのアホは無駄なところまでアホを貫くよな。まあ、嫌いじゃないがよ。


「あ、ベー様。都合よくバスが来ましたよ」


 本当に都合よくバスが来やがった。誰か意図してやってんじゃねーかと疑いたくなるぜ。


「つーか、ボンネットバスとか、久しぶりに見たわ」


 見たと言っても、前世の、それも子ども時代だけどよ。


 ……あのアホの拘りはほんと、よーわからんわ……。


 肌色に黒い線が三本走ったボンネットバスがバス停の前に停車。そして、車両の真ん中の扉が開いた。


「ご乗車はこちらからお願いしま~す」


 と、車掌さん的な服を着た蒼魔族の男が降りて来てそんなことを言った。


 なんかもう突っ込むのもメンドクセーわ。好きにしろや。


「ミタさん。乗り方わかるかい?」


 前世のはわかるが、ファンタジーな世界のバスなんて乗ったときもなければどう乗るかなんて考えたこともねーよ。


「はい。いき先を言ってお金を払えば乗れますよ」


 んじゃ、やって。オレはいろいろ受け入れるので忙しいからさ。


「カイナーズホームまで大人一枚。子ども一枚。猫一枚。幽霊一枚でお願いします」


 なかなか無茶を言う超万能メイドミタさん。猫と幽霊の乗車料金考えてる訳ねーだろうが。


「はい。大人は銅貨二枚。子供は銅貨一枚。猫は小銅貨一枚。幽霊は気持ちでよろしいですよ」


 ──あんのかよっ! 無駄を極めしアホ野郎がっ!


「ベー様。どうしました?」


 あなたがどうしました? だよ。なに不思議そうな顔してんのよ? そして、なに受け入れてんだよ! ほんと、いろいろおかしすぎて大爆笑してーわ!


 ──い、いや、こんなときこそスルー拳。三倍も出せば気にもならんと、ボンネットバスに乗り込んだ。


「あ、ベーさま。お久しぶりです!」


 と、中にデフォルトな幼女とダルマみてーな団体さんがいた。


 皆の衆。すまぬが思い出すのにしばし我に時間をいただこう。なに、そう時間はとらせぬよ。我の体内時間で五秒もあれば充分。まあ、体外時間は知らぬがな。フハハハハ!

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