第675話 酒の精霊

 と、思ったか? 残念。口の中に張った結界に封じ込めたので飲んじゃいねーよ。


 オカンと親父殿の結婚式には飲んだが、酒好きの集まりで飲んでたまるか。やることいっぱいあんだからよ。


 許容量としてドラム缶一本分はあるが、そんなに飲むつもりはねー。って言うか、付き合ってらんねーよ。酒盛りしたいのなら王さまを誘えや。


「お前、飲めたのか?」


 不思議そうな人外ズの五人が不思議そうな顔になり、代表してガーが聞いて来た。


「飲めねーよ。ただ、この乾杯に付き合っただけさ。それより、そこの酒の精霊の面倒を頼むな」


 生憎とオレの鞄は最終処分場じゃねー。その名誉は人外ズに譲るよ。


「あ、いや、頼むよと言われても精霊と契約なんてできねーよ。おれたちは、グレン婆との誓約で精霊との契約ができねーんだよ」


 と、アーガルの言葉に他の四人もそうだと頷いた。


「はぁ? なんでだよ。人外のクセに」


「人外は関係ありません。あ、いや、関係なくはありませんが、王都は七種の精霊王に守護契約された地。そこでは他の精霊が混ざると不安定になるんです」


 ナッシュの言葉にオレは首を傾げる。意味がさっぱりわからんのだが?


「ある意味、精霊指定都市だね」


 なんだい、政令指定都市みたいな言い方は?


「つまり、王都の環境は精霊たちにより創られているから、日本のように春夏秋冬があるんだよ。だから、そのシステムに違う精霊を持って来るとシステム障害が起きるんだよ。だから、他の精霊を連れて来るのはNGってわけさ」


 なんだかよーわからんが、ダメだってのは理解したよ。


「なら、また封印するか」


 護符を貼るだけの簡単な封印だしな。


「ちょっと止めて欲しいし。精霊権の侵害だし」


 精霊権ってなんだよ? 誰が決めたんだよ?


「ベーが契約すればいいだろう。それを封印した者に託されたのだから」


 別に託されたわけじゃねー。たんに押しつけられただけだわ! 封印庫いっぱいだから幾らか頼むとか言ってな。


「イヤだよ。ただでさえ頭にこれがいんだからよ」


 未だぐったりするプリッつあんをつかみ、人外ズに突き出す。


「一緒に乗せてやれよ」


「一人も二人も変わらんだろう」


「変わるよ! オレの頭はメルヘンの住み家じゃねーんだよ!」


 オレの頭をなんだと思ってんだよ。鳥の巣ならぬ精霊の巣にしたいのか? イヤだよ!


「わたしもちょーイヤなんですけど」


 オレの心の声に答えんなや。そんなのプリッつあんだけで充分だわ!


「つーか、他種族多民族国家にくんなら誓約とか関係ねーじゃんかよ」


「そうもいかん。グレン婆には義理があり、約束がある。破るわけにはいかん」


 まったく、律儀なヤツらだよ。


「なら、黒さん。あんたが面倒を見ろよ。酒、飲み放題だろうがよ」


「く、黒さんって、まあ、なんでもよいが、契約はできん。と言うよりはしたくない。我は酒を飲みたいのであって酒を作りたいわけではない。契約などしたら酔えなくなるではないか」


 クソ! そう言う知識はちゃんと持ってやがんのかよ。無駄に賢くなりやかって。


「ってか、そもそも契約なんてしなくても精霊は生きられんじゃん。お前、好きに生きろや」


 精霊は利害があるからこそ契約するんであって、別にしなくても生きられる。そもそも契約してねーのが普通だろうがよ。


「イヤだし。あたし、箱入りだし、自立とか超無理だし。養って欲しいし」


 自立もなにも存在してるのが役目みてーなもんじゃねーか! ってか、養わなくちゃならねー精霊ってなんだよ! どっかの酒蔵にでも引きこもってやがれ!


「お前が面倒を見ろよ。精霊の一つや二つ増えたところで気にしないだろうが。うちも広いんだからよ」


「こーゆータイプは必ずオレの近くに来る。いや、オレのどこかに住み着く。酒が飲めねーオレに酒の臭いとか拷問だわ!」


 酒を作ったり保存してたりはするが、結界により臭いはシャットアウトしている。臭いでもダメなんだよ、オレは!


「なら、他の誰かと契約させたらよい。誰か適当な者と契約させろ」


 他の誰かだと?


 まあ、酒好きと言ったらドワーフが真っ先に思い浮かぶが、あれも作るよりは飲む派だ。とてもじゃないか引き受けたりはしないだろう。


 なら王さまは……はダメか。人魚の酒は海竜の乳を発酵させたもの。前世で言えば馬乳酒みたいなもの。とても酒好きを唸らせるもんじゃねーし、酒の精霊が気に入るとは思わねー。


 ちなみに、酒の精霊は酒に囲まれた場所を好む、らしい。そもそも自然界に生息してねーからよくわからんのだ。


「お前の伝の中に酒作りの職人はいないのか?」


「いるにはいるが、カイナんとこで売ってる酒より劣るものだ。こいつが住みたいと思うところじゃねー」


 いやまあ、酒の精霊が気に入るかどうかなんて知らねーが、この時代の酒は、まだまだ発展途上だ。どんな美酒だろうと、前世の安酒に届くくらいだろう。勘だけどよ。


「……パパさんにさせれば? 前に酒作りしたいって言ってたわよ……」


 頭の上からの天啓。そう言や、オレも聞いたことがある。引退したら葡萄農園をして酒を作ってみたいと。


 さすがにこの地域では葡萄は作れないが、ブララなら採れるし、作るのも簡単だ。酒の精霊がいるんなら発酵させるのも早いだろう。牧草地の近くの山を開墾すりゃ三年後には出荷できるはずだ。


「よし。善は急げだ。人魚の国にいくぞ」


 あと、あたし関係ないですとばかりに離れたところで朝食をとるミタさん。関係ないなら置いてくからね。


 なんてオレの心の声が聞こえたのか、慌ててこちらに駆けて来た。ほんと、フリーダムメイドだよ。


 人外ズ五人。黒さんと酒の精霊。あといつものメンバーで人魚の国へと転移した。

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