第669話 アホらしいわ

「……なるほど。小舟を浮かべてそれを店にするか……」


 あんちゃんに説明したら、瞼を閉じて考え込んでしまった。


 このヘタれに独創的な発想はねーが、応用力はあり、商売に関しては貪欲だ。それに今は人魚との商売の経験がある。今必死に経験とオレの発想の整合性を模索してんだろうよ。


「確かに、海の中に入れない以上、小舟に商品を並べるのが最良か」


 まあ、小舟である以上、商売は個人相手になるがな。


「しかし、そうなると大きいものは無理か。酒、果物、陶器、工芸品になるな」


 前世のように商品に溢れた時代じゃねーしな。そんなものか。


「クナドラ。在庫はどうなっている?」


 あんちゃんが後ろにいる十六、七の少年に尋ねた。


 いたのは気づいてはいたが、そんなのいつ雇ったんだ? ってか、見知らぬ者が結構いるな。そんなに雇えるほどいたんか?


「野菜や果物は三日前にほとんど出しました。バリアルの街から入って来るのは四日後です」


 なかなか優秀そうな少年だな。イイの見つけたじゃんか、あんちゃんよ。


「……小人族に順番を譲ってもらうか……?」


 へー。順番制で買いつけてたんかい。知らんかったわ。


「いや、ダメか。前も無理言って順番を代わってもらったし」


「旦那様。隊商から仕入れてはいけないのですか? 毎日のようにカムラから来てるのに」


 ん? 毎日のように? そんなに頻繁に来てんのかい。それも知らんかったわ。


「あれは前回譲ってもらった代わりに出すものだ。手は出せん」


「人魚の商人、そんなに来てんのか?」


 来てるとは聞いたが、ここの倉庫を空にするって、どんだけ来てんだよ?


「それこそ毎日のように来てるよ。つーか、買えるまで居座っているヤツまでいるよ。あ、それと港な。ドロティアの港になった。人魚の町は少し前からハルの街になったからな、覚えておけよ」


「おう、わかった」


 サムズアップで答えた。


「……まったく覚える気がないときの返事だな……」


 失敬な。ドロティアの港にハルの街だろう。忘れる方がどうかしてるぜ。


「まあ、いい。お前にわかるように看板出しておいたしな。それ見て思い出せ」


 オレをわかっているあんちゃんに敬意を示して敬礼!


「そんなことより商品だ。商品がなけりゃ話にならん」


 必死に商品の仕入れ先を考えるあんちゃん。ってか、一番近くに二十四時間開いているところがあるじゃねーか。


「カイナーズホームじゃダメな理由でもあるのか?」


 あそこならなんでも手に入んだろう。とくに酒なんてちょっとしたスーパーくらいあった。陶器は見なかったが、探せばどっかにあんだろうよ。


「いや、あそこで買うのは反則な気がしてよ……」


「なにを遠慮する義理があんだ? あるんだから使えばイイだろう」


 買ってやったらカイナーズホームのヤツらも喜ぶだろう。売り上げで生きてんだからよ。


「つーか、お前はああ言うの嫌いじゃねーのか? 邪道とか言って」


「別に嫌いじゃねーし、邪道だとも思ってねーよ。ただ、必要があれば利用するし、必要じゃなけりゃ利用しねーだけ。それだけだ」


 自分で作れるのなら自分で作る。作れねーのなら買う。これと言って不思議な理論でもねーだろうが。


「ほんと、お前には揺らぎがねーぜ。普通なら欲に溺れているぞ」


「そうか? オレは充分欲に溺れていると思うがな」


 自由に生きる。そのために人を利用し、金を使い、時間をかける。無欲じゃとても動けねーもんだぜ。


「それより、商品の仕入れ、どうすんだ?」


「カイナーズホームで仕入れる。今のおれには卑怯とかズルいとか言ってる場合じゃねー。利用できるものはなんでも利用する!」


 それでこそオレが認めた商人だ。おう。やったれやったれだ。


「ベー。お前んとこのメイドたちを借りていいか? 明日の朝から」


「好きなだけ連れていけ。執事さんにはオレから言っといてやるよ」


 うちにメイドが何人いるか知らんが、五十人、六十人は余裕だろうさ。いなけりゃパートのおばちゃんを雇えばイイさ。ゼルフィングスーパー(?)に張り紙出せば直ぐに集まんだろう。


「それより金、大丈夫なのか?」


 儲けているとは言え、まともな経営をしていたら金を自由に扱うことは難しい。金の流れを把握するのが商人の業みてーなもんだからな。


「お前に換金してもらったものがまだ半分ある。それで仕入れられるだけ仕入れる」


 確か……一千万だったっけか? その半分だから五百万。仕入れ金としてはまあまあだろう。カイナーズホーム、基本的に激安の殿堂より安いしな。


 ……一キロ入りのジャムが百五十円とか、前世だったら怪しくて買えねー値段だよ……。


「つーか、今さらなんだが、結界を纏わせてねーもんて売れんのか?」


 密封式のものや陶器製の入れ物に入ってねーと海水でダメになんだろうがよ。


「それならこれで大丈夫さ」


 と、あんちゃんが収納鞄から手のひらに収まるくらいの巻き貝を取り出した。なんだいそれ?


「人魚たちはシュルムとか言ってたな。ベー。水に濡れたらまずいもの出してみろ」


 と言うので無限鞄からタオルを出してみた。


「タオルか。そう言や、体を拭くのが欲しいと頼まれてたっけ」


「それはイイから説明しやがれ」


 あんちゃんの脚に軽く一発入れてやった。


「イテーよ! お前、馬鹿力なんだから手加減しろや!」


「してるわ! イイから説明しろ。もう一発食らわすぞ」


 右足を振りかぶってみせる。


「わ、わかったよ! ほれ」


 と、巻き貝をタオルに向けると、タオルが巻き貝に吸い込まれてしまった。えっ!?


「要はお前の収納鞄と同じだ。まあ、お前の鞄ほど収納力はないが、背負い籠くらいには入るもんだ」


 あんちゃんから巻き貝を受け取り、いろんな角度から眺める。


「人魚の世界にこんなのがあったんだな」


 つーか、こんなイイのがあるならもっと早く目にしているはずなんだかな? ハルヤール将軍からも聞いてねーぞ。


「いや、それができたのは最近だ。必要に迫られて作ったようだ。だから、まだそんなに出回ってねー」


「あんちゃんは幾つ持ってんだ?」


「二百かな? よくは数えてねーけどよ」


「いや、二百って結構な数じゃねーか」


 充分過ぎるくらいの数だよ。逆に売れんのかよ!?


「人魚の商人を見たらそれでも不足だとわかるぞ。出せば必ず売れるから数を限定して売ってるくらいだからな」


「よく仕入れられたな?」


 それだけの大ヒット商品を仕入れられるって、どんな魔法を使ったんだよ?


「特別優先権と引き換えさ。あっちも野菜を買うために必死だからな」


 まあ、人魚はウリ系のものを好み、主食にしてる者もいるって聞いたことがある。そう考えたら毎日でも仕入れたいわな。


「やっぱりあんちゃんとこだけでは無理があるか?」


「いや、おれのところだけだからなんとかなってる感じだな。そもそもドロティアの港は商売をするための港じゃねーし、オレの店が展開するのが精一杯だ。他に任せられる土地がねーよ」


 うーん。あれ以上拡げたら陽当たり山が崩れるし、新たな港を造る立地となると離れることになる。


「それなら大丈夫!」


 と、なんの脈絡もなくカイナが現れた。まあ、結界が消えたのがわかったから驚きはねーがよ。


「なら任せた」


「え? いやいや、ここは驚くとこでしょうが!」


「お前がやることに一々驚いてられるか。どうせジオ・フロントに港を造るんだろう?」


 規模はどれほどのもんかは知らんが、考える行き先はそれしかねー。そのために穴を掘ったんだからよ。


「ふっふっふ。まあ、いいよ。完成したときに驚いてもらうからさ。あ、収納系のものならカイナーズホームでも売ってるから買ってちょうだい。ベーの鞄くらいには優秀だからさ。じゃあねー」


 と、嵐のように去っていった。


「……あのアホに自重とかねーんだ、いらぬ躊躇いなんて不要だよ……」


「……だな……」


 前世のものを売買するのが罪ってんなら真っ先に罰を受けるのはカイナだ。それがああしてアホやっている。卑怯とか反則とか考えるだけアホらしいわ。

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