第668話 あんちゃんに賭ける

 あんちゃんを捜して転移すること四回。広場の地下倉庫で捕まえることができた。


「よし。あんちゃん、まずはこれを飲め」


 紙の束と目の下に隈を作ったあんちゃんに小瓶を突き出した――ら、叩き落とされてしまった。なぜに!?


「なにすんだよ! この小瓶一つで金貨六枚もすんだぞ!」


「うるせー! あきらかにヤバいもんを飲ませようとして、逆ギレしてんじゃねーよ!」


 落ちた小瓶を拾い、埃を払う。結界を纏っててよかったぜ。


「ったく。オレは健全で安全な薬師だぞ。ヤバいもんなんて出すかよ」


 命を助けるのが薬師の仕事。毒薬師のような外道と一緒にすんな!


「じゃあ、その効能を言ってみろ!」


「五日寝なくても元気に働ける」 


 バシっと、また小瓶を叩き落とされた。


「完全無欠にヤバいもんだわっ!」


「大丈夫。ゴブリンで何十回と実験したし、ざ――じゃなくて、親切な人にも試してもらった。誰も死んじゃいねー。安心しろ」


「で、六日後にはどうなったんだ?」


「全身筋肉痛と睡眠不足で五日くらい動けなくなったかな」


 殴られました。


「用があっても帰りやがれ! おれは忙しいんだ!」


 肩を上下に揺らしながら地下倉庫の奥へと進んでいった。が、逃がすか!


 結界で捕縛。無理矢理元気になる薬を飲ませた。


 さあ、これで二十四時間働ける男になったぜ。


「おま、お前、なにすんだよ! 飲んじまったじゃねーか!」


「じゃあ、諦めろ。それは即効性だ」


 見た目には現れないが、薬は体内にいき渡っている。もうちょっとしたら元気ハツラツ、もっと仕事をよこせーってなるぜ。


「……ほんとにお前は容赦がねーな……」


 今生のオレはやると言ったらやると決めた。そこに妥協や躊躇いはねー。


「……それで、なんなんだよ?」


 覚悟を決めたのか、ただ諦めたのかはわからんが、オレの話を聞いてくれるようだ。ごっつあんです。


「三日後、人魚の国で市を開くからあんちゃんも参加しろ。つーか、あんちゃん主体でやれ。人手はうちの館から出すからよ」


「うん。お前の言ってることまったくわかんねー」


 すっごい笑顔で言われた。あれ? 簡素に、的確に言ったつもりなんだがな?


「だから、人魚の国、つってもヴィアンサプレシア号の中の人工海でやるんだよ。人魚との商売はあんちゃんに任せてんだ、あんちゃんが仕切らなくちゃ誰が仕切るんだよ? 嫌ならゼルフィング商会が乗っ取るぞ」


 アバール商会の売り上げの大半は人魚からだ。その市場を奪われたら直ぐに店を閉めることになる。取られたくないのなら死守しろだ。


「あんちゃん。これから人魚との商売は拡大して、他の商人も参戦してくる。ここでアバール商会ここにありと示しておかねーと直ぐに二番手三番手になるぞ」


 あんちゃんはオレが一番と認めた商人だが、今が旬の商人に勝てるだけの技量も経験もねー。ましてや海千山千の古狸級の商人が出てこられたら勝ち目なんかねー。ただ、食われるだけだ。


「あるものは使え。優位に立っているときに稼げ。そして、誰にも文句を言わせねー商人になれ。誰よりもあんちゃんを認めるオレが応援してやるからよ」


 なにより、あんちゃんにはオレの一番の味方でいて欲しい。


 このヘタれはどんな種族を相手にしても商人を貫いた。笑っていらっしゃいませ、ありがとうございますと言った。


 そのとき、オレは未来を見た。大商人として何万人もの従業員を雇う姿をな。


 バンベルに頼まれ、エリナと出会い、大まかに描いた他種族国家。そのとき現れたあんちゃん。この村で商売すると語ったとき、なにかの天啓かと思った。来るべきときが来たと感じ、あんちゃんを世界貿易ギルドの長にした。


 オレの妄想、勘違いと言うのなら、それをオレは否定はしねー。だが、オレはあんちゃんに賭ける。オレはオレの勘と判断を信じる。


「ほんと、お前は卑怯だよ。そんなこと言われたらなにも言えねーじゃねーかよ……」


「商人なら売り上げで示せ。オレは買い取りで人魚の海千山千の商人を相手してやる。今が最大の機会だ。価格を決めるのはオレたち。独占するのもオレたち。価値を知るのもオレたち。卑怯だ? ああ、卑怯さ。認めるよ。だが、それを知るのもオレたちだけさ」


 ニヤリと笑って見せる。


 狡いと良心の呵責を感じないのか? そう言うヤツはキレイな世界しか見てねー世間知らずか、弱者になったことがねー生まれついての強者だ。世の中は汚いし、弱者には厳しくできている。いつの世も強者の法の下に弱者は生きているのだ。


 弱者には弱者の戦い方がある。だが、それば茨の道。好き好んで歩みたいとは思わねー。どうせなら強者であるほうがイイに決まってる。なんたって驕りさえしなければ弱者とは比べものにならない力が持てるんだからな。


 そんなどうしようもねークソったれな世界なら、強者はあんちゃんみたいなのがイイ。いや、あんちゃんに持ってもらいてー。弱者に厳しくも、尊厳を抱くことができる強者の法の下にオレはいたいぜ。


「何万もの兵を率いる魔王と何万もの従業員を雇う商会長。恐ろしいのはどちらだろうな?」


 オレは全財産を後者に賭けるぜ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る