第616話 適材適所

 竜機格納庫に入る手前で婦人からかかってきた。


「おう。どうだった?」


「二隻分なら可能です」


「わかった。それでイイ。人足を総動員してイイから積み換えてくれ。船は船長と相談してくれや」


「はい。畏まりました」


 愉快そうに笑う婦人の声が切れた。


「随分とフィアラのこと信頼してるのね?」


 頭の上のメルヘンが不思議そうに口にした。


「別にそんなんじゃないさ。婦人に任せた。なら、婦人の言葉はオレの言葉。婦人の決断はオレの決断。疑う必要もねーだろうがよ」


 スマッグを仕舞い、竜機格納庫へと入る。


「黒髪の乙女さんはいるかい?」


 ちょうど通りかかった整備士だろうおっちゃんに尋ねた。


 この区画は小人族(ガ……じゃなくて伸縮トンネルを潜ってます)に任せているので、動きは把握してるはず。違ったらすんません。


「はい。リツ! ベー様がお呼びだぞ!」


 ん? 殿様の娘にその口調? このおっちゃん、結構高い地位にいたのか?


 よくわからん関係に首を傾げてると、作業服っぽいものを着た黒髪の乙女がやって来た。


「ワリーな、仕事中に呼び出してよ」


「いえ、用があればいつでもお呼びください」


 うーむ。そう言われっと余計に呼び難いんだが。まあ、できるだけ注意はしよう。


「二時間後に出発するから船長と予定を合わせてくれ」


「はっ! 了解です」


 回れ右をして駆けて行こうとする黒髪の乙女さんを待ったをかける。


「それとなんだが、竜機を一つ、もらいてーんだが、可能かい?」


「竜機を、ですか?」


「ああ。新しくメイドにしたヤツに竜機を操れるようになってもらおうと思ってよ」


 ミタさんには、ドレミとは違う万能性を身につけてもらいてーんでな。


「我々では不足でしょうか?」


 ちょっとムっとした黒髪の乙女さん。違う意味で取られてしまったか。そんなんじゃねーんだがな。


「黒髪の乙女さんらは、なんかあればオレを真っ先に守るだろう。だが、オレが真っ先に救うのは家族だ。そのための力はいくつも用意しておくのがオレの主義だ。あらゆる窮地になろうと我を失わず、最善の行動ができる人物を横に置いておきてーんだよ」


 ドレミもそれは同じだ。なにかあれば真っ先にオレを守るだろう。それはそれでありがたいが、それでオレの優先を邪魔されたらさすがのオレも平穏ではいられねー。


 絶対にオレを守ってくれる者に悪感情を抱くだろう。そんなことしたくねーとは思っても感情は言うこと聞いてくれねーだろうし、抑える自信もねー。だからそれを防ぐためにミタさんが必要なのだ。


 あのミタさんならオレの命よりオレの指示を優先し、オレの大切なものを守ってくれるだろう。あれは、思考も精神も柔軟にできている。なにより、どんな状況に陥っても生き残れる術があることが最高だ。


「黒髪の乙女さんらは、黒髪の乙女さんらの仕事をしてくれればイイし、無理に他のことをする必要はねーよ。適材適所。人それぞれの役割。自分のやるべきことをやれ、だ」


 なんでもできる万能な生き物なんていねー。ミタさんだって万能型だが、サプルよりは劣る。イイとこ天才止まり。人外の粋には届かねーだろう。


 まあ、それでも万能型がいるのは心強い。万能型ってのは、窮地を脱したあとに真価が出るんだからな。


「……わかりました。グレイル殿。竜機を一機、都合してもらえるでしょうか?」


 黒髪の乙女さんが、整備士のおっちゃんを見ながら言った。やっぱ、地位がある人なん?


「任せろ。予備機を回してもらうからよ」


 まあ、可能ならお任せします。


「ほんじゃ、船長と打ち合わせ、よろしくな」


 任せ、竜機格納庫を出た。


「マスター。ミタレッティー様の買い物が終了しました」


 もうかよ。ほんと、優秀なメイドだよ。


「わかった。迎えに行くと伝えてくれ」


「畏まりました。店の前にいるそうです」


 あいよと答え、転移バッチを発動。カイナーズホームへと転移した。

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