第609話 教師

「親父殿、オカン。夕方には船のあるところに移るから、そんな感じでいてくれよ」


 朝食後、まったりした中で両親に告げた。


「そんな感じって、お前、雑過ぎるだろう。なにを持っていけばいいんだよ?」


「別にこれと言ったもんはいらねーよ。だいたい揃ってるからよ。ってまあ、そうは言っても冒険者だった親父殿には酷か。なら、万が一のとき、オカンだけは守れる用意をしてくれ。千が一まではこっちで用意すっからよ」


 村人になったとは言え、常に備えよの精神は忘れてねー。それに、備えは自分でやってこそ安心できる。その辺は任せるよ。


「わかった。万全の用意をしておくよ」


 頼むわと言い残し、ゼルフィング商会本店へと向かった。


 本店の前まで来ると、犬耳幼女とドワーフ幼女が地面に落書きしていた。


 ……あ、あー、いたな。妹。すっかり忘れてたわ……。


 おっと。酷い兄と罵ることなかれ。もはや、ここら辺一帯は、ゼルフィング家の敷地内。メイドさんズによる見回りや、あんちゃんところの従業員が目を光らせている。それに、謎のキノコがあちらこちらにいるので、不審者が入って来ることはねーのだよ。


「おう。なにしてんだ?」


 背後から二人に話しかけた。


「船の設計図」


 リアムの答えに地面の落書きを見たら、確かに船の絵が描かれていた。


 まあ、天才とは言え、サプルのように基礎ができてない八歳の絵。お絵描きレベルと言ったものだった。


「そうか。なかなか上手いもんだな」


 親がいずとも子は育つとは言うが、知識は勝手に身についてはくんねーか。さて、どうしたもんかね~?


 まあ、オレがつきっきりで教えるのが妹にした責任ってもんだが、いろいろ忙しい身ではそれもできねー。オレの代わりに基礎を教えてくれる場所か人が欲しいところである。


 ん~。オレの出会い運でも教師にはあったことねーしな~。


「あ、いや、いるな。教師に向いてんの」


 思ったが吉日とばかりに転移バッチで王都へ。倉庫の前に出現する。


「オレの出会い運よ、その真価を見せるときだ!」


 ムム! 感じる。あっちか!


 と、ノリと勢いで王都を駆けたら、百メートルもいかねーうちに目的の人物と遭遇した。


「オレの出会い運、マジコエーよ!」


 もう運じゃなく呪いだよ。鳥肌立ったわ!


「な、なんなのよ、いきなり叫んだりして!?」


 オレも驚いたが、叫ばれた方――バリラも目を見開いて驚いていた。


 バリラって誰よ? とか忘れてる君に教えてあげよう。ったく。しょうがねーな。


「……ムカつく波動を感じるわ……」


 オレは感じないので黙っててください。


「今、大丈夫か、バリラ?」


 親父殿の仲間、翼人族で魔術師。元赤き迅雷の知恵袋、バリラ……なんだっけ? まあ、そのバリラなんですよ。


「え、ええ。大丈夫だけど、突然なんなの? と言うか、まだ王都にいたの?」


「いや、たった今村から来たところさ」


「うん。ベーだもんね」


 それで納得してくれんならなんでもイイよ、もう。


「バリラって、今なんか仕事してんのか?」


「いえ、なにもしてないわ。仕事の紹介?」


 さすがバリラ。話が早くて助かるぜ。


「ああ。バリラに教師をお願いしたいんだわ」


 リアムとノノのことを、あっさりとサックリと説明した。わかった?


「なぜかそれでわかってしまう自分が情けないわ」


 は? わかんならそれでイイじゃん。なにがワリーんだよ?


「いいわ。引き受けるわよ。ベーの書庫にも興味があったしね」


「助かるよ。で、今すぐいけるかい?」


 ダメならダメで構わんがよ。


「ええ、大丈夫よ。拠点にしてるのはベーの倉庫だし、必要なものはいつも持ち歩いているからね」


 パーティーは解散したけど、バリラはまだ冒険者でいるようだ。


「冒険者ギルドに依頼を出した方がよかったか?」


「構わないわ。そろそろ冒険者を辞めようと思ってたし、ボブラ村の冒険者ギルドでも解約はできるしね」


 まあ、バリラは冒険者と言うよりは研究者タイプ。駆け巡っているよりは本を漁っている方が好きってヤツだ。一人で冒険者を続けようとはしねーか。


「なら、問題ねーな?」


「ええ。問題ないわ」


 頷き、バリラの手をとって村へと転移した。


「犬耳のがリアムで、ドワーフのがノノだ。言ったように天才なんで一般人と思考が違うから苦労すると思うが、そこはわかるように体と心に教えてやってくれや」


 別に体罰を強要してる訳じゃねーし、同じ天才のバリラならそんなことしねーだろうが、どちらが上か下かを教えてやれと言ってるのだ。


「なにか、わたしの分野から外れてない? わたし、魔術師よ」


「イイんだよ。読み書き計算は魔術師でも習うだろう。それに、魔術は工学にも応用が利く。習って損はねーよ」


 特に火の魔術と風の魔術は重宝する。ぜひとも学んでおくべきだ。


「わかったわ。魔術師より魔術を使いこなしているベーが言うなら間違いないしね。わたしのやり方でいいんでしょう?」


「ああ。人を教えるのに、これが絶対に正しいなんてねーしな。バリラのやりたいようにやってくれや」


 教える立場は教わる立場でもある。試行錯誤でやっててくれ。


「あ、これ、勉強道具な」


 カイナーズホームで買ったノートや鉛筆と言った筆記用具を無限鞄から出してバリラに渡した。


「……なんでもありになってきたわね、ベーは……」


「できねーことはできねーよ。まあ、そのうち勉強部屋を用意するんで、それまではそこの宿屋の一室を使ってくれ。オレからそう言われたと言えばイイようにしてくれると思うんでよ」


「わかった。あとは、こっちでやっておくわ。ベーの指示と言っておけばなんとかなりそうだしね」


 さすがバリラさん。わかってらっしゃる。


「リアム、ノノ。今日からバリラがお前たちにいろいろ教えてくれる。しっかり学べよ」


 キョトンとする二人の頭を撫で、あとはバリラに任せてゼルフィング商会本店へと向かった。

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