第573話 指輪
前略、前世のお袋様。
夏の暑さが日に日に増す今日この頃、どうお過ごしですか。
そちらは今、どの季節ですか。夏なら暑さに気をつけてください。冬なら寒さに気をつけてください。春や秋の季節の変わり目に風邪などひいてないですか。お体を大事にして過ごしてください。
お袋様より早死にしたバカ息子は転生して、おもしろおかしく生きております。
これが届くことはないでしょうが、今の思いをお袋様に聞いて欲しいので、思いを込めてみました。
前世のお袋様。今生の母上様が最近、結婚を勧めてくるのです。
……オレ、まだ十一歳なのにです……。
別に結婚自体は構いません。前世では婚約までいきましたし、幸せな家庭と言うものに憧れもあります。
勢いとタイミング。そして、時の運が揃えば年齢に関係なくしたいと思います。
ですが、今は勢いもタイミングも、時の運すらありません。そもそも相手がおりません。
今生の母上様は、サリバリやトアラ、村の年頃の娘を勧めてきますし、相手方の親も乗り気です。ですが、オレの嫁となるには心が弱すぎます。
自分で言うのもなんですが、オレはバカ野郎です。好きなことを好きなだけしている自分勝手な性分です。嫁を迎えたからと言って、この性分は変わりません。きっと、嫁を、家族を蔑ろにして、自分のために生きていることでしょう。
なら嫁も自分勝手に生きている者を選べと、前世のお袋様は言うでしょう。前世のオレの愛した人がそれでしたから。
でも、ここは女性の地位はそれほど高くはありません。まあ、家庭内は前世と同じく嫁の天下ではありますが。
まあ、それはともかくとして、前世で愛したような人はなかなかいません。いや、いるのはいるのですが、もうそんな関係にはなりません。
前世の記憶があるとは言え、前世のオレは死に、その思いも後悔も消えました。多少は記憶の欠片はありますが、それはノスタルジック的なもの。そんなこともあったと懐かしむ程度だ。
自分でもなにが言いたいのかわからなくなりましたが、多分、オレにはまだ結婚は早いってことを言いたいと思います。
「……相変わらずだね、お前さんは……」
そこは真っ白な世界。なにもかも白く、なにも感じない世界だが、なぜか当たり前に思える世界だった。
「そうかい? まあ、バカは死んでも治らねーって言うしな」
白い世界に色がつき、懐かしいカフェテリアが描かれた。
「…………」
目の前に現れた二十歳くらいの女性になにかを口にしかけたが、無理矢理飲み込んだ。
「……ここは……?」
「夢の中じゃよ」
つまり、都合のイイ世界ってことね……。
「だったら声もなんとかしろよ。その顔で婆の声はねーだろうが」
まあ、お前らしいと言えばお前らしいが、ちょっとは拘りを持ちやがれ、テキトー女が。
「いや、顔はなんとか思い出せるんじゃが、自分の声と言うのはなかなか思い出せんもんでな」
「だったらせめて若ぶれよ。その顔で婆の口調とか誰得だよ」
あの姿だからこの口調がしっくりきてたのに、ほんと、どこまでも残念な女だぜ。
「ギャップ萌えでよいじゃろう」
「お前は一生黙ってろ」
黙っていれば美人なのにしゃべり出すと残念になる。そりゃ、黙ってねーと威厳をなくすわな。
「ほー。せっかくお前さんの好きなアルムのスペシャルブレンドを出してやろうと思ったのにのぉ」
「マジすんませんでした!」
テーブルに頭をつけて誠心誠意謝罪した。
「……まったく、プライドがあるんだかないんだか、お前さんは生まれ変わってもお前さんだな……」
ふん。プライドなんて守るべきは守るが、捨てるときは躊躇なく捨てるのが本当のブライドだぜい。
「まあ、よい。ほれ」
テーブルの上に現れたカフェ、アルムのスペシャルブレンドコーヒーをいただいた。うめ~!
「つーか、なにしに来たんだ?」
「別れに来たのさ。そろそろ死ぬんでな」
「そうか。そりゃご愁傷さまでした」
「そりゃ死んでから言え」
まったくもってごもっとも。死んでから言うよ。
「ったく。まあ、そう言うことじゃ。今度は腐るなよ」
「もう腐らねーよ。今生のオレはイイ人生だったと死ぬのが目標だからな」
ニヤリと笑って見せた。
「そうか。ではな」
「おう。じゃーな」
コーヒーカップを掲げ、今できる最高の笑顔を送った。
「おっと、そうじゃ。忘れるところだったわ。ほれ」
テーブルの上になにかを放り投げた。
指輪?
「返しておくよ。今度はちゃんと指に嵌めてやるんじゃぞ」
……ったく。お前も変わらねーな……。
「まったく、楽しい人生だったよ!」
その満足そうな笑顔に、オレの中にあったシミみたいなものがキレイさっぱり霧散。なんとも爽快な気分に満たされた。
ほんじゃ、オレも人生の続きを楽しむとしますかね。
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