第522話 毎度あり
まさに建築ラッシュって感じだな。
殿様のいるところに向かっている途中、街の様子はまさにそれだった。
「皆忙しそうだね」
勇者ちゃんもがキョロキョロと辺りに目を走らせながらそんなことを口にした。
「そうだな。イイ顔で働いてるよ」
見える範囲で暗い顔をしているヤツはいない。誰もが夢と希望を胸に働いているのがよくわかった。
まだ建設中らしく、まだ人が住んでる感じではないが、たったこれだけの時間でここまで造るとか、ほんと、小人族は仕事が早いぜ。
「黒髪の乙女さん。この浮遊島は無人の島だったのかい?」
先頭を行く黒髪の乙女に尋ねた。
「え、あ、黒髪? え、いえ、わたしはよくわかりませんが、この島は人工的に造られたものだと聞いています」
「人工かい。そりゃまた大した技術を持ってんだな」
小人族の技術力の高さは知っていまが、これだけの島を造るとかスゲーな。どんだけな種族だよ、小人族って。
「殿様、相当前から計画してたんだな」
技術力が高いとは言え、こんなものを一年二年で造るとか不可能だ。最低でも十年。そのくらいじゃないとここまではできんよ。
「人手は足りてるのかい?」
「はい。ただ、今は建設で仕事はありますが、落ち着いてきたら余ってくるでしょう。父もそれに心を痛めております」
「だろうな。家はあっても仕事がなくちゃ生きていけんからな」
見える範囲で家はある。多分、技術職の仕事もある。だが、商店がねー。これでは街ではなくベッドタウンだ。
「食料品はどうしてんだ? 配給か?」
「はい。三日に一度、配給しております」
ってことはやっぱり食料品店とかはねーってことか。
まあ、それも無理からぬことか。人であろうと小人であろうと土地――農業をする場所がなければ生きては行けないのだからな。
「充分にいき渡ってはいるんだろう?」
「はい。ベー様のお陰で飢える者は出ておりません」
「そうかい。それはなによりだ」
もっとも、相手が小人族だから可能なんであって、普通の人だったらとっくに食糧危機が訪れて、暴動の一つでも起きてるわ。
うちの保存庫には軽く千人を一年間養える量があるし、知人友人を頼ればなんとかかき集めたられるが、精々一月分がやっとだろうな。
「殿様も頭が痛いことだろうよ」
食糧問題は、種族、時代を越えて、生きる者の永遠の命題だからな。
元気に働く小人族たちを横目に歩いていると、正面に城が見えて来た。
華美ではねーが、威厳と堅牢を併せ持った、殿様らしい城である。
「そー言や、殿様はまだ殿様なのかい?」
藩主ではあったが、それは国によって認められていたから。今は……なにになってんだ?
「はい。落ち着くまでは父が指揮をとっております。そのあとは、まだ思案中とか言っておりました」
「だろうな。これで未来展望があったら天下統一してもらいてーよ」
それに実力が伴うんなら、オレは喜んで殿様に仕えるぜ。
城に近づくと、ドウ・ラン近衛兵とは違う兵隊さんが出て来て左右に並ぶと、腰に差した剣を抜いて構えた。
「なーに、あれ?」
勇者ちゃんには、危険とは見えないらしく、不思議そうに首を傾げていた。
……まあ、隕石とか落としちゃう子だもんね。千の軍勢を前にしたって恐れはしねーだろうて……。
「オレたちを歓迎してくれてんだよ。手を振ってやりな」
「うん! こんにちは~! ボク勇者~。六歳だよ~」
素直な勇者ちゃんに手を振られて困惑する兵隊さんたち。まあ、そりゃそうだわな。六歳の子が一緒に来てんだからな。
……いやまあ、自分で言うのもなんだが、これってないくらいの不思議生物集団がいたら戸惑うわな……。
「ねぇ、ベー。この子にちゃんと挨拶を覚えさせた方がいいんじゃないの? バカっぽいよ」
メルヘンからの現実的提案。そのことにびっくりだわ。
「まあ、そのうちにな。今はこの純真を守る方が勇者ちゃんのためだ」
この純真が勇者ちゃんの武器だ。今は思うがままに、あるがままに生きさせる方がイイんだよ。
城の中も堅牢だが、ちょっと殺風景だな。植物がまったくねーや。
「兵隊の数が少ねーと思うのは、オレの気のせいかい?」
ドウ・ラン近衛兵のような鎧を纏った者はいるんだが、一般兵が見て取れない。訓練か?
「今は建設に力を注いでるので、兵はそちらに回しております」
「なるほど。今は仕事をさせて不安を消してるわけか」
「どう言うこと?」
頭の上のメルヘンさんが尋ねてきた。つーか、そーゆー話に興味がある生き物でしたっけ、あなた?
「新天地に移住。字面は夢と希望に満ちてるが、実際はいき当たりばったりだ。計画していても計画通りにはいかねー。苦難苦闘の毎日だ。だが、人ってもんは、目の前に仕事があれば今を生きられる。未来が明るいと信じられるものなのさ」
辛い現実から目を反らせる。指導者がよくやる手さ。
「まあ、敵をつくるアホよりはマシだがな」
前世の世界でも近くにいた。国内の不満を近隣の国にぶつけて民衆の目を反らせるってな。
城の玄関だろうところに来ると、ちょっとやつれた感じの殿様が出迎えてくれた。
「よく来てくれた、ベー」
「苦労してるようだな」
そんなオレの言葉に苦笑いで応える殿様。自覚はあんだな。
「まったく、お前にはお見通しか」
「なんとなく程度には、だがな」
当事者の問題は当事者にしかわからない。他人には想像するしかできないよ。
「朗報でも持ってきてくれたか?」
「朗報とするかは殿様次第。オレは提案を持って来ただけさ」
そう。決めるのは殿様。オレじゃねー。
「厳しいヤツだ」
「まったく、己に厳しいヤツを友達に持つと苦労しかねーよ」
なにか理由がないともらってくれねーからな、この頑固者は。
「いいだろう。その提案、高く買ってやる」
「毎度あり」
互いに商談成立の握手を交わした。
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