第429話 不思議がいっぱい胸いっぱい

 さて。勇者ちゃんの問題は冒険者ギルドにお任せし、村長への用事を済ませますか。


「え?」


 と、勇者ちゃんが不思議そうな顔をした。


「ん? なんかしたかい?」


「村人さんのところにいくんじゃないの?」


「なんでオレのところなんだ? 勇者ちゃんは、修行でここに来たかもしれんが、村の依頼を果たすために来たんだから村で用意したところに泊まるのは当然だろう。で、あそこが勇者ちゃんたちの泊まる宿。オレは泊まったことはねーが、三食つきで一日銅貨五枚と冒険者に優しい値段となってるぜ。あと、宿の裏に井戸があるから水浴びし放題。もちろん、囲いがあるから人目を気にすることもねー。宿の女将は面倒見のイイおばちゃんだし、得意の魚の煮込みは逸品だ。いっぱい食っていっぱい修行しな。じゃーな」


 さて、村長のところへ――といこうとしたら、姉御に襟首をつかまれた。なんでございましょうか?


「どう言うことなの?」


「は? どう言うこととは?」


 姉御、説明ぷりーずでございます。


「惚けないの。これはもうあなたの差し金、いえ、あなたの企みでしょう。なら、最後までやりなさい。相手は王族であり勇者なのよ」


 基本、どころか身も心も姉御に服従だが、村で決めたことは従うオレ。いくら姉御でも村の決まりに逆らうほど村人の矜持は失ってねーぜ。


「別にやれと言うならやりますが、費用は村と冒険者ギルドからもらいますよ。これは、王族と冒険者ギルドが勝手に決めて勝手にやってることなんですから」


 確かにオレが企てた。だが、それは村長の命に従ったまであり、村の依頼を冒険者ギルドへ出したまで。その経過は王族と冒険者ギルドの決定で、その責任は王族と冒険者ギルドにある。そこに村もオレにも介入する権限も権利もねーんだ、責任うんぬんなんて言われたくねーよ。


「オレはこの村の者であり、村の決定には従います。村長がやれと言うならやりますが、一人だけ負担しろと言う横暴には応えられませんよ」


 村の問題ならオレも関わり合うことに否はねー。金で解決できるなら金は出すし、人手が必要ならいくらでも手を貸すさ。だが、力があるから、金があるからと、全てを押しつける村に愛情も愛着もねー。そんなクソ村に未練はねー。直ぐにでも引っ越しさせてもらいます、だ。


「それに、勇者ちゃんはこの村に修行しに来たんなら、村での生活を学ばさせるのも修行の一環でしょう。楽をしたい。なにもしたくない。やりたいことだけをやる。なら、王都でやれ。王や冒険者ギルドの尻拭いをボブラ村に投げてんじゃねーぞ、です」


 これが普通の冒険者が義侠心により受けてくれたのなら、オレはそれ以上の義侠心を見せてやるが、そんなゲスいやり方にはさらにゲスい方法で返してやるわ!


「なので、冒険者ギルドが面倒見てください。もちろん、それ相応の謝礼を頂けるのなら喜んでお応え致しますぜ」


 オレは冒険者じゃねーので、安い謝礼にはお断りさせて頂きますがね。あ、フェリエを使うならご自由に。一回目はフェリエの顔を立てて利用されてあげますが、二度目はありやせんぜ、姉御。


 小さい頃からお世話になっている姉御。オレの笑みを十二分に理解してくれたようで、深くて重いため息を吐いた。


「……わかったわ。勇者様は、冒険者ギルドで支援します。もし、あなたの力を借りたいときは誠心誠意で対応させていただきます。もう、この村はあなたなしではやって行けないんですからね……」


 その言葉には応えない。いつでも来てくださいと残して村長のもとへと向かった。


「……元S級冒険者、天魔の黒王。もう――」


「――はい、死にたくなけりゃそれ以上言うなよ。オレは平和に生きて平和に死にたいんだからよ」


 背後からくる死を全力全開超絶スルー力百倍で受け流しながらザンバリーのおっちゃんの口を閉ざし、そそくさと逃げ出した。


 女の過去は死の香り。知っていても知らねーを貫き通せ。この世には触れちゃならねータブーがあんだからな。


 怯える村長の腕をつかみ、なるべく死地から遠ざかる。


 たぶん、勇者ちゃんがおしっこチビっているだろうが、身近にある恐怖を噛み締め、この世には逆らってはならぬ者がいると知れ。それも修行だよ。うん。えーと、見捨ててゴメンナサイ!


「ふぅ~。二年くらい寿命が減ったぜ」


「わしは、そのまま死ぬかと思ったわ」


 村長も姉御の過去を知る一人。あ、いや、なんでもありません。この話は止めだ。


 村長と目で語り合い、全てをなかったことにした。


「つーことで、うちのオカンがザンバリーのおっちゃんと結婚して村に住むことになりました」


「それはお目でとさん。歓迎します、ザンバリー様」


 お互い、アハハと笑いながら、現実を逃避する。


「そんで、今度、家を新しくするからよ、村の連中に聞かれたらザンバリーのおっちゃんが手に入れた魔法の家だと言ってくれや」


「おう、そうか。まあ、A級の冒険者だものな、不思議なものを持ってても不思議はないしな」


「そうそう。世の中、不思議がいっぱいだな」


「ああ。胸がいっぱいだ」


 もう、お互いなにを言ってるかわからないが、平和が一番と言うだけは心の底から理解していた。


「……えーと、なんなのだ、いったい……?」


 だから、不思議がいっぱい胸いっぱい。ってことさ。うん。

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