第396話 なんて苦行? (ドレミ登場)
「今、そこにあるスローライフの危機!」
なんて映画の予告のように言ってみたが、返ってきたのはプリッつあんの蔑みの眼差しだけだった。
そんなもん、求めちゃいないが、元々プリッつあんに頼る気はない。つーか、プリッつあんに頼るくらいならまだゴブリンに頼った方が救いがあるわ。
日に日に威力とキレが増すコークスクリューパンチが襲い来るが、今はそんなじゃれつきに構っている場合ではないのだ。
「……なんとかせねば……」
「どうかなされたのですか?」
「ああ。小人族の住み家とか港の改造とか、広場のこととか、やることいっぱいでよ、どうするか悩んでんだわ」
コーヒーを一杯。あーウメー。
「……寛ぎ全開に見えますが……」
「ダメだぜ。表面だけで判断しては。真の姿は見えないところにあるのだよ、ワトソンくん」
「あ、あの、わたし、バンベルですが……」
バンベル? え?
「──うおっ! びっくりした! いつの間に人のモノローグから出てきたんだよ!」
振り返るそこに超絶万能スライムがいた。
「えーと、ご説明いただけませんでしょうか?」
オレがバンベルに聞きてーのに、なぜかバンベルがプリッつあんに聞いていた。
「たんに、現実逃避してるだけよ。このおバカちゃんは」
さすがオレの頭に住んでるだけはある。お見通しでした!
「バンベル、助けてー!」
恥も外聞もなくスライム形態のバンベルに泣きついた。
なにこのポヨンポヨン感! バンベルの体、超気持ちイイんですけど!
「え、えーと、助けて欲しいのはこちらの方なんですが……」
スライム形態から人型形態に変わり、襟首をつかまれデッキチェアに戻されてしまった。
「スライム、イイな」
なんか今、スライムの魅力にハマった感じ。
「では、わたしの分身を与えますので正気に戻ってください」
と、自分の腕をブチンと千切った。グロっ!
「お、お前、なにやって──へ?」
千切った腕が地面につく頃、それは青いスライムと変わった。
サイズ的にはサッカーボールくらいだろうか、よく見るスライムくらいのサイズであった。いやまあ、腕の容量から言ってそんくらいだろうけどさ、ちょっと小さくね?
オレ的には一メートルくらいがベストなんだが、これじゃプリッつあんサイズじゃねー……あ。
不意に頭の中を過った前世の記憶。知らず横でボバーリングしてるプリッつあんをつかみ、スライムの上に乗せた。
「スライムナ〇トならぬプリッつあんナイト──ぶっは!」
ヤベー。マジヤベー。自分でやってて超ウケる。ぶひゃひゃひゃひゃ! は、腹痛てー!
「……なんなんでしょうか……?」
「……わたしに聞かないで……」
──しばらくお待ちください。
ハイ、オレ復活。で、なんだっけ?
「なにもなかったかのような顔してるけど、涙と鼻水で顔が崩壊してるわよ」
ハイ、もう一回、しばらくお待ちください。
水場で顔を洗ってスッキリサッパリ、オレ、完全復活です。
「いやはや、人生で最大に笑ったぜ。お前、最高だな。プリッつあんの代わりにオレの頭の上に住むか?」
「なに勝手に決めてるのよ! ベーの頭の上はわたしのよ!」
頭の上にしがみつき、ガルルとスライムちゃんを睨んでいた。
「しょうがねーな。じゃあ、お前は……って、こいつも人型になれるのか?」
「わたしの分身とは言え、まだ分裂したばかりなので人に変わるのは難しいです。ですが、小動物程度なら可能です」
小動物、か……。
「なら、こんなふうになれるか? 額に星型の毛にしてくれ」
土魔法で形を創り、結界で色づけした。うん。我ながら傑作だぜ。
「……なんでしょうか、これは……?」
「ネコって生き物さ。できるか?」
そうスライムちゃんに聞くと、プルプル震えたあと、色が変わり、四肢が生まれ、やがて土魔法と結界で創り出したネコ、黒猫に変身した。
「おー! お前、優秀だな。どっからどう見ても黒猫だぜ」
毛、フカフカ。体、柔けー。匂い、はねーか。でも、スライムとは思えねー完璧なネコだぜ。
「お前の名前は……って、こいつ、雄? それとも雌?」
「スライムに雌雄はありません。ベーさまのお好みでおつけください」
「なら、ドレミ。雌に決定な」
「はい。よろしくお願いします。マスター」
「うおっ! しゃべれんのかい!」
しかも声まで女声。さすが超絶万能スライムの遺伝子を受け継いだだけはある……のか?
「ふん! しょせんスライムじゃない」
なにやらプリッつあんが意地悪っ子になっている。
「はいはい。そう邪険にしない。頭の上はプリッつあんのもの。プリッつあん以外は住まわせないよ。プリッつあんがいないと寂しいしな」
嫁でも母親でもねーが、頭の上で嫁姑ばりの争いなんてされたらオレの胃がマッハで朽ちる。幸せに暮らせるためならオレは自分を偽ることに躊躇いはねー!
「もー! しょうがないわね。ベーはわたしがついてないとダメなんだからっ!」
心の底から湧いてくるなにかを必死に蹴散らしながら、プリッつあんに笑みを見せ続けた。
これ、なんて苦行?
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