第309話 オレ知ーらねー

「申し訳ありません。急に押しかけてしまいまして」


 スライムなことを忘れてしまうくらい優雅で完璧と思える一礼をする。


「気にすんな。オレも急に押しかけるタイプだしな、相手にされたからって怒れねーよ」


 まあ、うちは基本、ウェルカム。嫌いなヤツにしか戸を閉ざしてねーよ。


「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」


 本心から出たんだろう、ほっとするバンベル。なんともハイスペックなスライムだよ。


「で、今日はなんだい?」


「大変申し難いのですが、主の話をお聞きくださいませ」


 暗に中へと言っているので馬車の中にお邪魔します。


 禍々しい馬車からは想像できないくらい、なんとも日本的でごちゃごちゃとした八畳間だった。


 うんまあ、エリナだしと無理矢理自分を納得させ、勧められた座布団に腰を下ろした。


「今、お茶を淹れます」


「お構いなく」


 目の前に座るエリナから全力で視界を外してバンベルに応えた。


 お茶と煎餅を出され、ありがたく頂く。あー茶がウメー。


「ヴィどの!」


 どうやらオレの現実逃避にしびれを切らしたのか、ちゃぶ台を両手で叩いて絶叫するエリナ。ほんと、現実は厳しいぜ。


「はぁ~。わかったよ。聞くよ。聞きゃイイんだろう。そんでなんだい、いったい?」


 とっとと済ませて楽しい現実に戻りてーよ。


「拙者、熱いパトスを爆発させたいでござる!」


「ふ~ん」


「あれ? 意外にクール?」


 いや、クールと言うよりはコールドって感じ? お前の言ってる意味も熱いパトスもオレのなにかが拒否して心が凍てついてるよ。


 とは言え、現実を見るには現実を受け入れなくてはならねー。が、直に見れる勇気も根性もねーので、まずは受け入れやすいバンベルを見る。お前だけが心の拠り所だよ。


「で、なんだって言うんだ?」


「まさかのスルー!?」


 ハイハイ。イイ子だからもうちょっと待ってね。今、大事なお話してるからさ。


「なんと申しましょうか、主が絵を描いていることはご存知でしょうか?」


「ああ。なにを描いてるかは全力で知りたくねーがな」


 もうそれわかってるじゃん。とかは聞きません。人には触れたくねーことの一つや二つはあんだよ。察しろや。


「ま、まあ、なにを描いてるのはこの際横に置きまして、港に行ったおり、なにかに心を揺さぶられたと申しましょうか、衝撃を受けたと申しましょうか、なんとも説明に困るのですが、主の『熱いパトス』がほとばしばった? みたいで、薄い本をたくさん創ったわけでして……」


「な、なんでござろう。少年に虫を見るような目を向けられるのがちょっと快感でござる」


 虫を視界から蹴り出し、バンベルにだけ集中する。


「本、ね。まあ、創るのはエリナの勝手だし、好きにしろだが、なんでオレのところにくるんだ? 言っとくが、オレは絵より文字派だぞ」


 漫画や絵を否定はしねーし、素晴らしいものだと思ってる。だが、オレの好みは文字いっぱい。絵は少しで充分ですって質なだけ。好きなヤツが好きなものを読めって主義主張を致します、だ。


「あ、いえ、べーさまに読んでくれなど口が裂けても申しません。べーさまにお願いしたいのは、読者を、もしくは同類──いえ、同好の志を紹介してもらえないかと、思いまして……」


 途中、バンベルの本音は聞かなかったことにして、だ。なかなか無理難題……あ。


「いるのですか!?」


 バンベルの嬉々とした叫び(助け)に、否定したい気持ちでいっぱいだったが、もう手遅れ。まるで狩人のような目と気配で逃げ道を塞いでいた。


「……エリナと同じ趣味かはわかんねーが、男嫌いのクセに男と男の友情が好き、ってヤツなら知ってるな……」


 そのときは変な趣味してんなと軽く流したが、今思えばエリナのような目をしていたよーな、気がする。間違えであってくれと切に願います……。


「同志でごさる! それは絶対に同志でごさるよ!」


「ベーさま! これこの通り、その方をご紹介してくださいませ!」


 二人の勢いにドン引きだが、ここは前に進まないと解放はしてくれないんだから踏み越えろ、だ。


「わかったよ。紹介してやるよ。ただ、そいつは帝国貴族で公爵令嬢だ。直ぐには連絡つかんぞ。まあ、その親父ならそこら辺飛んでいるだろうからジェット機で飛んでれば直ぐに見つけられるとは思うがな」


 真珠を捌いてもらうのに二月だか三月に一回は会ってるし、根っからの飛空船野郎。仕事より空ってバカだ。今の時期ならクルルがいる湖辺りの空を遊覧してるはずだからそう難しくはねーはずだ。


「ジェット機でござるか! わかったでござる。すぐに創るでござるよ!」


「あ、いや、創っても乗るヤツいねーだろう。サプルは隊商相手の商売で忙しいんだからよ」


「なら、ジェット機に乗れる部下も創るでござるよ。べーどのはそのお方と連絡できる方法をお願いするでござる」


「それなら大丈夫だ。ジェット機の翼に緑色のコーヒーカップの絵を描いとけ。それがオレの印だからよ」


 別に家紋ってわけじゃねーが、オレだと知らしめるために公爵に教えたものだ。飛空船って、バカにできねーほど武装している。味方だと示さなければ問答無用で攻撃してくるからな。


「わかったでごさる! バンベル、帰るでごさるよ!」


「はい、主!」


 そのままオレを乗せて帰りそうだったので慌てて馬車から飛び下りた。


 爆走する馬車をしばし茫然と見詰め、バンたちに声をかけられるまで我を失っていたことに気が付いた。


 ……えーと。オレ知ーらねー。


 公爵家の未来に背を向け、広場へと向かった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る