第301話 ブラージ

「まずは、自己紹介の前に一献傾けようじゃねーか」


 隊商の誰から聞いたか忘れたが、北欧では出会いの挨拶や友好の印にまずは酒を飲み交わすと聞いたことがある。


 収納鞄からグラスを出してガタイのイイ紳士に渡し、高級な葡萄酒を注いでやる。


「ワリーが、オレは酒が飲めなくてな、これで許してくれや」


 ちょっと締まらねーが、コーヒー牛(羊)乳を出した。他の飲み物、小樽や瓶に容れてあるから飲めねーんだよ。


「……よく、知っているな……」


「聞き齧った程度さ。それがどこの国のなんて民族がやっているなんか知らねーしな。あんたの国の礼儀には反してねーかい?」


 反してたら謝るが。


「いや、我国の礼儀だ」


 品のある笑みを浮かべるところからして、やんごとなき身分のヤツみたいだな。


「こう言うときは、なんて言うんだい?」


 コーヒー牛(羊)乳を掲げながら尋ねる。


「ブラージ。こちらの国の言葉では乾杯を意味するが、その中には祈りや友好や幸運などが含まれている。我々の国は、寒く作物が実りにくい。海獣を狩り、牛を飼い、僅かになる作物を育てる。そんな日々を送る中で生まれた希望の言葉だ」


 前世でもそうだが、寒い地方での暮らしは厳しいものだ。知識はあっても実感はない。そこには想像を絶する暮らしがあんだろう。それを知らねーオレに言えることはねー。だが、この場でなら言えることが一つある。


「ようこそ、我が村に。ブラージ」


 心を込めて歓迎の言葉を贈った。


「……この出会いにブラージ」


 瓶とグラスをぶつけ合い、一緒に傾け合った。


 あんな悪臭を連れているからクズ野郎かと思ったが、なかなかのイイ男じゃねーの。気に入ったよ。


 瓶とグラスをテーブルに置き、どちらからともなく笑い出した。


「噂には聞いてたが、本当に見た目を裏切るな」


「そりゃワリーな。クソ生意気なガキなもんでよ」


 と言うか、どんな噂流れてんの? マジ気になるんですけど!


「ま、まあ、オレを知っているようだが、自己紹介といこうや。オレはベー。多分、それで知られてんだろう?」


 隊商相手に長い方を名乗った記憶はねーからベーと思われんだろう。


「わたしは、ハイニフィニー王国王弟、カルフェリオン・アニバリだ。よしなに」


 なんかオレの名に通じるキラキラネームだな。英雄の名からとったとは聞いてたが、もしかして北欧出身者か?


 ──いや、じゃなくて、王弟だと? 


 なんかこんなところで出てくる身分じゃねーと思うんだが、世の中いろんな事情がある。村に訳ありとしか思えねー金髪ねーちゃんがいる。なんで空気の読めるイイ子は流しておきましょうだ。


「え、えーと、カルフェリオンって呼べばイイのか? それともアニバリって方か?」


 北欧の習慣はよく知らんので、どっちが姓名かわかんねーよ。


「アニバリで構わん。この国ではたんなる隊商の頭だからな」


 なかなか話と道理がわかる王弟さんのようだ。まあ、そのぶん、兄の方はなんもわかんねータイプかもな。


「王弟が他国に、それも身分を偽ってくる、か。なんかの物語ができそうだな」


「さすがボブラ村の小賢者どの。お見通しか……」


 いえ、知ったかぶりです。こーゆー場合、だいたい悪い方向にいってるからな。


「まあ、アニバリの国の事情だ。オレが口出すことじゃねーさ。で、商品を売ってくれとのことだが、具体的にはなにを欲しいと言ってんだい?」


 まあ、その口振りからして食料だろうとは思うけどよ。


「食料を。できれば麦や根菜類と言った日保ちするものを中心に我が国まで運べるものを頼みたい」


 その言葉に、アニバリがいた天幕へと目を向けた。


 天幕は三つ。北欧種だろうデカい馬が六頭。荷車も六台か。隊商としては小さい方だろう。とても一つの国を賄える輸送力ではねーな。


「アニバリだけかい?」


「ああ。我々だけだ」


 となると、最初からこちら頼みできたってことか……。


 感じからして考えなしのアホとは思えねーし、金がある国とも思えねー。と、なると、だ。こちらが欲しいものを用意してきたってこと、かな?


 アニバリを見るが、表情は厳しい。が、切羽詰まっているって感じでもねー。こちらを探るような見極めるような、オレの一挙手一投足に注意している感じだ。


「……イイだろう。売ってやるよ。あの六台に収まるくらいにな」


 どうするとは言わない。多分、収納鞄のことを知っているだろうからな。


「すまない。代金は毛長牛、百頭とコレでよいだろうか?」


 と、テーブルに黒い石──石炭を置いた。 

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