第298話 幸多かれと願う
と、切り出したものの、次の言葉が出てきません。
誰かヘルプミー! とか叫びたいが、ここにいるのはオレとオカンのみ(あ、プリッつあんは除外します)。テメーがなんとかしろである。
やればできる。なせばなる。考えるな、感じろを今こそ発揮すべきとき。いけ、オレ!
「……ごめんね、黙っていて……」
ハイ、ダメ男決定! とかはあとでイイ。オカンが与えてくれた突破口を活かすのだ!
「いや、それはどうでもイイ。オカンの人生だ、オカンが決めたことに反対はねー。ただ、びっくりしただけさ。ザンバリーのおっちゃんとそんな仲になってるとは夢にも思わなかったからよ」
やるんならもうちょっとわかるようにやってもらいたいもんだよ。男は繊細なんだからよ。
「……仲と言っても結婚を申し込まれたまでなんだけどね……」
照れるオカン。
えーと、なに、その中学生のような反応は? この時代の人は純愛なの? オレが汚れてんの? なんなの?
「あ、あー、マジでそーゆーのいらないから。オカンの色事情とか知りたくねーし、全力で隠してください」
土下座してお願いしたら薪が脳天に降ってきた。
「あんたって子は、どこでそう言うのを覚えてくるの、まったく!」
だからそう言う反応止めてください。マジで気持ち悪いですから。とか言うと際限がないのでガマンガマン。
「……まあ、好き合ってんならオレに否はねー。なんの遠慮なく一緒になれはイイさ」
以上、それで終わり! とか逃げられたらどんなにイイか。そんな単純なことならとっくに二人はくっついている。ダメ男と言え、十年以上オカンを見、オトンを見ている。その二人を一番見てきたのはオレだ。
オトンもオカンも村一番の夫婦仲で、最高の両親だった。
ときどき口からなんかが出そうなときもあったが、オレを受け入れてくれ、愛してくれ、好きなようにさせてくれた。
そんな懐深いオカンが『ハイ、結婚します』とはいかねーだろうし、後ろめたい気持ちでいることはオレが知って、と言うより、経験しているからよくわかる。
「愛するべき者を守らず死んだ者に幸せを求める権利はねー。それは生きてる者に与えられる権利だ」
なんて言えるようになったのは生まれ変わってから。前世のオレは死者に幸せを求め、自分を不幸にしていた。
バカなことをしたと、今ならわかるが、前世のオレは腐ることが幸せで、諦めが救いだった。
「オカンは幸せになってイイ。誰かを愛してイイ。誰が認めなくてもオレが認める。オレが祝福する。その決断は正しいと言ってやるよ」
まっすぐオカンを見て言ってやる。
全世界を敵にしても、とかオカンに言うセリフじゃねーが、その覚悟はある。まあ、全世界を味方にする方向で動くがよ。
「……バオニー、許してくれるかな……」
バオニーって誰? とか思ったのは一生の秘密。胸の奥に仕舞い込み、オカンを安心させるために微笑んでやる。
「魂は巡るもの。きっと新しい命に生まれ変わって幸せになってるさ」
この時代に輪廻天性って言う概念や思想はねーが、精霊信仰のせいか、魂は自然に還ると信じられている。
「……ベー……」
「オレはオカンとオトンの子、ヴィベルファクフィニーだ。二人の子として生まれて本当に幸せだ。それにウソ偽りはねー。こんなオレを愛してくれてありがとうと、何度でも口にしてーくらいだ。だからこれはオレの一人言。戯れ言だ」
オカンから視線を外し、囲炉裏を見詰める。
「死者に捕らわれるな。死者はなにも語らないし、なにも願いはしない。死者に居場所はない。与えてもならない。生きている者が死者に求めることは安らかな眠りであり、愛してくれたことの感謝だけだ」
異論は認める。反論も認める。だが、オレの答えは変わらない。それがオレの真実。オレ流の死者への哀悼だから。
「オカン。幸せを諦めた先にあるのはクソったれな人生だ。ただ、虚しさがあるだけだ。見てきた男が言うんだ、確かだぜ」
顔を上げ、まっすぐオカンを見て微笑んでやる。
なにか言いたそうな顔になるが、オカンはなにも言わず、慈愛に満ちた顔を見せてくれた。
「ありがとう、ベー」
うんと頷く。
オカンの人生に幸多かれと願う。
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