第289話 男の生きる道

「お前とは二度と釣りなんかするか!」


 不幸にもトラウマ患者が一名出てしまったが、大多数のものは楽しかったと言って帰って行ったので、まあ、結果オーライってやつだろう。


 倉庫に帰ると、まだ四時過ぎなのにガキんちょどもが帰っていた。


「お、今日は早いんだな」


 朝は早く終わるとは言ってなかったから親父さんの判断かな?


「明日、兄貴が帰るからってブラーニーさんが早く帰れって言っただよ」


「そっか。ならゆっくり休んで明日に備えろ」


 この時代に日曜日なんてねーし、休日なんて言葉知ってるかもあやしいところだろう。まあ、世間は世間。うちはうち。休みがあっての仕事だ。休みを楽しみ人生を謳歌しろだ。


「おい、ベー!」


 ロフトに上がろうとしたらダリエラに呼び止められた。なんだい?


「お前、明日帰るんだろう! なにかないのかよ!」


「なにかってなんだよ?」


 話がまったく見えねーんだが。


「あ、いや、別れの言葉とか挨拶とかあんだろうが」


「あー、そう言うことね。別にこれと言ったことはねーよ。あとのことは親父さんに任せてるし、こいつらはダリエラに任せてある。もうオレの手を離れている。それに、王都には定期的にくるしな、別れもねーだろう」


「けど、こいつらを助けたのはあんたなんだし、なにかあるだろう」


「別に助けた意識はねーし、オレはオレの都合でこいつらを集めたまでだ。もし、感謝をしたいと言うならデンコに言え。デンコが動かなければオレは動かなかった。それだけだ」


 オレは身内至上主義者。人に感謝されるようなヤツじゃない。


「とは言え、確かになんも言わねーのは無責任だな。なら一言。イイ人生を送れ。以上」


 言ってロフトへと上がった。


 ロフトはオレの寛ぎ空間兼寝室なので階段で靴を脱ぎ、クッションへと倒れ込む。


 ……今日は疲れた……。


 仕事量としては大して動いてねーんだが、遊んだ量としてはほどほどであった。


 ……そう言やぁ、誰かと遊ぶなんて今世に生まれて初めてだな……。


 ふふっとクッションに顔を埋めながら笑った。


 疲れはしたが、心地好い疲れに浸っていると、誰かが階段を上がってくる音がした。


「……あ、兄貴……」


「どーした?」


 オレの空間とは言え、義弟を拒む理由はねーし、体裁を整える気もねーんで、そのまま応えた。


 だが、動く気配がないのでしょうがねーと起き上がった。


「突っ立ってねーで上がってこい。他人じゃねーんだからよ」


 なにか難しい顔して唇を噛むと、頷き一つして上がってきた。


 上がったはイイが、唇を噛んだまま俯いている。


 まあ、しゃべり出すまで待つのができる兄貴ってもんだが、生憎、オレは兄弟には甘い兄貴である。苦しんでいる義弟をほっとけねーんだよ。


「オレはお前の決めたことなら全力で応援してやる。だから、お前のことはお前が決めるんだ。オレの言葉に頼るんじゃない」


 デンコに近付き、ごわごわした頭をわしゃわしゃとかき乱してやった。


「……あ、兄貴。おら、ここに残りてーだ」


 デンコの一世一代の決断に笑顔で肯定してやる。


「なら、遠慮なくそうしろ。とーちゃんやかーちゃんにはオレから言っといてやるからよ」


「……とーちゃんとかーちゃん、怒らねーだかな?」


「さーな。だが、ドワーフの男は親のもとから旅立つときが一人前だ。いずれくるのが、今日きただけだ。なら、お前はもう一人前だ。親のことなんて気にすんな。お前は自分のことと、好きな女のことを大事にしろ」


 くそ生意気に顔を真っ赤にさせる七才児。早熟なヤツだ。


「まあ、親のことはオレに任せろ。ワリーようにはしねーからよ」


 オレのより良い暮らしのために頑張ってもらわねーとならんのだからな、仕事環境や生活環境は万全にして働いてもらうぜ。


「兄貴、ありがとうだよ!」


「気にすんな。ならお前の門出にこの場所をお前にやるよ。好きに使え」


 便宜上、デンコは親父さんの下に入っているが、オレの都合が優先される立場であり、オレの代理でもある。なんで、デンコがこの中で上位者であることを示すために特別待遇は当然。オレが背後にいるぞとの意思表示でもある。


 まあ、デンコなら調子に乗ってバカなことはしないだろうが、ダリエラには言っておくか。イイ男になるように鍛えてくれ、とな。


「あ、ありがとうだよ、兄貴!」


「気にすんな。ほれ、皆の面倒を見てこい」


 デンコの背を叩いて下へと向かわせた。


 夕食まではオレ時間。今日の余韻を楽しませてくれ。


 下から聞こえるガキんちょどもの笑い声を肴に、コーヒーをいただいた。

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