第260話 東大陸の商人

 ぐぅ~っと、腹の虫が鳴いた。


「あ、そー言やぁ昼過ぎてんだっけな」


 我を忘れた──と言うか、我を捨てていたので腹のことも忘れてたわ。


「プリッつあん。ちょっと遅いが、昼食にすっか」


「え!? それ決定なの?!」


「え? プリッつあん、イイ愛称じゃねーか」


 まあ、眼帯したムサいとっつあんから頂いたものだが、聴こえによってはプリッつあんってエレガントじゃね? 我ながらイイ愛称をつけたと思うぜ。


「……なにか、納得できないけど、それでいいよ……」


 アハハ。さすがプリッつあん。懐フケーぜ。


「んじゃ、食いにいくか」


「いく? どこに?」


 不思議そうにオレと収納鞄を見比べていた。


 どうやらプリッつあんには、食事=収納鞄になっているよーだ。まあ、見方によっちゃ収納鞄もメルヘンだわな。


「せっかく屋台広場にきたんだから食い歩きしようぜ」


 王都の料理は不味いが、屋台のが不味いかどうかは知らねー。漂ってくる匂いからして期待できそうだしな。


「うん。わかった」


 なにやらオレの頭の上が気に入ったのか、それとも乗り物扱いなのかは知らねーが、まあ、メルヘンは頭の上か肩にいるのが定番。気にするなだ。


 屋台は一応片付け、防犯用の結界を施した。


 んじゃいくかと、イイ匂いが漂ってくる方へと向かった。


 食関係の屋台は意外なほど豊富で、食欲を誘う匂いで満ちていた。


「……意外だな……」


 試しにと串焼き屋に入り、一本買って食ってみたら素直に旨いと感じたのだ。


「おっちゃん。これなんの肉?」


「山渡り鳥の肉さ。坊主、違うところからきたのか?」


「ああ。ボブラ村って言うド田舎さ。にしても肉とか売ってんだな。高級品ってイ──じゃなくて庶民が気安く食えるもんじゃねーと思ってたんだがな」


「まあ、そりゃしょうがねぇさ。冒険者も常に肉を狩ってくる訳じゃねぇしな。うちは猟師ギルドに知り合いがいるから格安で売れんだよ」


 へー。猟師ギルドなんてあんだ。初めて聞いたよ。


「おっちゃん、二十本ちょうだい」


「あいよ、毎度あり!」


 買い占めるわけにもいかねーんで二十本で我慢しておいた。


 箱に詰めてもらい、収納鞄に仕舞った。いつの日かの食事にするためにな。


 礼を言って隣に移ると、そこは……なんと、ジャガバター屋だった。


 スゲーな! この食文化が遅れてるときにジャガバターなんて画期的なものあるなんて。考えたヤツ、天才だぜっ!!


「おばちゃん。この箱に入るくらいちょうだいな」


 収納鞄から重箱を出しておばちゃんに渡した。


「こ、これにかい?」


「ああ。それにさ。買い占めたらダメかい?」


 これはイイ茶飲み友達になるぜ。


「あ、いや、買ってくれんなら構わないが、本当に買うのかい?」


「おう。銀貨三枚でどうだい?」


 言って銀貨を三枚出しておばちゃんに見せた。


「……え、あ、ああ。毎度あり……」


 なんとも気前がイイおばちゃんで、本当に全部を売ってくれた。ついでにバターを売る屋台も教えてくれた。


 ……フフ。たっぷりつけたバターパンが食えるぜ……。


 と、その前にウナギっぽいものを蒲焼きにして、なんかのタレをつけたザルゴと言うもんを買えるだけ買い、ゴルフボールくらいのリンゴ(皮は固いけど果肉は柔かく、この周辺では一番甘い果物)を樽一つ分買ってからバター屋で壺(一つだいたい一キロくらい)四つを買っちゃいました。


 違う串焼き屋で猪肉を。また違う串焼き屋では兎肉を。更に違う串焼き屋では……牛肉、か? 


「渡り牛の肉さ。たまに王都近くまで群れできてね、猟師ギルドや冒険者が集まって狩るんだよ」


 渡る獣、結構いんだな。この世界特有の習性か?


 牛いんなら今度捕まえてみるか。エリナんとこで飼育してもらおう。


 いや、王都の食に期待はしてなかったが、屋台のは盲点だったぜ。素直にすみませんと謝るわ。


「旨いな」


「うん。美味しいね」


 渡り牛の串焼き、マジクセになるわ。タレも魚醤をベースになんか加えられててマジウメーしよ。


 にしても、屋台がこれだけ旨いもん出してんのに、食堂とか不味いとか意味わからんわ。まったく、なんの神秘だよ。


 思うがままに買っていると、とある屋台で白くて四角いものが売られていた。って、おい! マジかよ!?


 屋台の主を見ると、なんか東洋人っぽい顔をしたあんちゃんだった。


「いらっしゃい! これは東の大陸の食いもんでバモンってもんだ。日保ちも良く焼くと旨いぜ!」


「……ひ、東の大陸じゃ、これは普通に売ってんのかい?」


「おう。毎日って訳じゃないが、日保ちするからな、冬を越すには必要な食いもんさ」


 それが正しいかはわからんが、屋台にあるバモンの量からして限りなく真実だろう。


「買うよ」


「おっ、そりゃ毎度あり! いや、この大陸じゃ一般的じゃないからヒヤヒヤしだが、その日のうちに買ってくれる者がいるなんて幸先いいな」


 なかなかチャレンジャーなあんちゃんだが、我が出会い運に万歳三唱。マジ感激だぜ!


「で、どれくらいにする? 今ならオマケするよ」


「全部くれ」


「……はぁ? いくつって?」


「だから全部。もし他もあるならそれも全部。言い値で買う。オレに売ってくれ」


「……マジか……?」


 東の大陸のヤツはマジを使えるのか!?


「おう。マジだ。まず手付金として金貨十枚渡しておくよ。海を渡ってきたんだ、他にもあんだろう?」


 このあんちゃんから一攫千金を求めてやってきた感じが見て取れた。


「オレはベー。まあ、本当の名は長いでそう呼んでくれ。周りからはそれで通ってるからよ」


「……あ、ああ。おれはチャンター・オン。見た通り東の大陸のもんだ。こっちの言葉で言えば冒険商人さ」


「言葉、上手いんだな」


「片親がこの国の生まれでな。どちらの言葉もペラペラさ。それより、本当に全部買うのか?」


「ああ。全部買う。チャンターさんは、港に船を泊めてんだろう?」


「ああ。昨日きたばっかりさ」


 それは重畳。イイ巡り合わせだぜ。


「なら、これから港にもらいにいってもイイか? 無理なら違う日にするが」


「いや、大丈夫だ。商機は尊べってのがうちの家訓だからな。相手がなんであれ、商機と見たら動けさ」


「フフ。そりゃ結構な家訓だ。まさに商人のあるべき姿だな」


 親父さんほどではねーが、できる商人だとオレの勘が言っている。それに、東の大陸の商人と仲良くなっておくのも将来のためだ。東の大陸には懐かしいものがたくさんありそうだしな。


「まあ、なんにせよだ。イイ付き合いをしようぜ、チャンターさんよ」


 オレが幸せに生きるためにもな。クク。

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