第258話 明鏡止水(現実逃避)

 九時を過ぎた頃から人が増えてきた。


 周りを見れば開店の準備が整ったようで、呼び込みの声があちらこちらから聞こえてきた。


「活気があること」


 オレは静かに待つ派だが、こーゆー雰囲気は嫌いじゃねー。高校のときの文化祭を思い出して気分が高まるぜ。


「……人、こないね……」


 商品置き場で辺りを見回すメル──じゃなくてプリッシュが呟いた。


「プリッシュは、人、怖くねーのか?」


 オークションに出されたくらいだ、人の悪意に触れてるはず。心に傷を負っても不思議じゃねー。


「タケルが怖い人もいれば優しい人もいるって言ってた。タケルもベーも優しい。閉じ込めることもしない。痛いこともしない。優しく笑ってくれて、優しい気持ちでいてくれる。だから怖くない。タケルやベーの側はとても心地好いから安心」


 妖精は、精神感応に優れてんのかね? あと、やけに饒舌だな。いったいどんな進化論なんだ?


「そうか。そりゃなによりだ」


 余程の腐れじゃなけりゃこんなメルヘンに悪さはできねーだろうし、嫌われたらそりゃ人として終わっているだろう。オレにはまだ受け入れられねーよ。


 コーヒーを楽しみながら客待ちしてると、徐々にだが人の通りが増えてきた。


 隣の犬耳ねーちゃんも呼び込みを始め、ちらほらと覗く客が出てきた。


 オレの方も覗く者はいるが、立ち止まる者はいない。まあ、散歩がてら見て回っているような老人ではオシャレには興味ないだろうさ。


「……老人か。杖を売るのもイイかもな……」


 杖──ステッキも老紳士のオシャレアイテム。今度、会長さんから貴族相手に広めてもらうかな。


 どんなステッキにしようかと考えていると、プリッシュがオレの頭に乗ってきた。


「人来た」


 見ればおば──じゃなく、大きなおねーさんが商品を見ていた。


「いらっしゃい。手に取って見てください。そこの鏡で見れますから」


 前世のような鏡じゃ騒ぎになるんでちょっと曇がかった便所にありそうな大きさの鏡を台にかけて置いたのだ。


「イイのかい? 高級そうだけど?」


「そう見えたら作り手としては嬉しいね。でも、そんな高級なもんは使ってねーよ。値段もその板に書いた貨幣だからな」


「銅貨三枚かい。安いと言えば安いけど、三枚は、ねぇ……」


「なら銅貨一枚にするよ。おねーさん、お客さん第一号だしな」


「やだよ、おねーさんだなんて。口が上手い子なんだから。じゃあ、これをおくれ」


 陶器製の花の胸飾りを選び取った。


「よく似合うよ」


 胸につけたところで褒めてやる。


「もー、口が上手いんだから」


 とは言いながらも満更じゃなさそうで、満面の笑みを浮かべていた。


 代金をもらい、スマイル0円のお釣りを払った。


「毎度あり」


 鼻唄を歌いながら去るおねーさんに笑顔で見送った。


 ふふ。幸先イイぜ。


 銅貨をポケットに仕舞い、空いた場所に次を補充する。


「見せてもらうわね」


 と、今度は二人連れのねーちゃんがいらっしゃいだ。


「どーぞ。好きなのを手に取って見てください。そこの鏡で確かめられますから」


「わぁ~。鏡なんてあるよ」


「やだ~。あたしってこんな顔なの!」


 なかなか今時の女子、かどうかはわからんが、イイ感じの客寄せパンダになってくれ、次から次と客が寄ってきてくれ、次々とはけていった。


 驚いたのは髪飾りとかよりブラシや手鏡がよく売れていくことだ。


 身なりからしてそれほどイイとは思えんのだが、値引きする暇なく、言い値で買って行った。


 ……どっかの貴族に仕える侍女かなんかかな……?


 こう言う場に買い出しにくるのは一般庶民出の侍女が多いと聞いたことがある。掘り出し物や珍しいもんがあるからとか。


 まあ、なんにせよだ。材料費0の質素な手鏡と角猪の毛で作った雑なブラシを買ってくれんなら毎度ありだ。在庫がはけて助かるぜ。


 売っては出し、出しては売れと多忙し。休む暇がねーよ。


 そんな感じでやってると、なんかさっき見たようなねーちゃんが現れた。


「手鏡とブラシ、まだあるかしら?」


「はいはい。まだありますよ」


 十数個は売れたが、収納鞄の中にはまだ百個以上は入ってる。ハイ、調子に乗って三百以上は作りましたが後悔はしてません!


「ならあるだけちょうだいな!」


「──待って! こちらも買うわ!」


「──わたしも買うわ!」


 と、息を切らしたねーちゃんらが駆け込んできた。


「ちょっと、わたしが先よ! 横入りしないで!」


「買い占めなんてゆるさないわよ! こちらにも回しなさいよ!」


「ねぇ、あなた。倍払うから売ってくれないかしら?」


「なに抜け駆けしてるのよ! あとから来て!」


 なんか恐ろしいことになってるが、そこに入る勇気はオレにはねー。まったくねー。なんで、収納鞄から手鏡とブラシをありったけ出した。


「ものはたくさんあるから買えるだけ買ってくださいな」


 女が獣に変わるとき。何度見ても股間がキュッとするぜ……。


 明鏡止水と言う名の現実逃避で獣たちの争いを眺め、機械のように捌いて行った。


 女相手の商売、二度としねーぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る