第241話 再会

 通されたところは、まさに執務室としか言いようがねー部屋だった。


 さすが大商人。部屋広れーな。二十畳くらいあんじゃねーの? 内装も質素だが、高級品なのがよくわかった。


「ごめんなさい。今、父は城に上がっているの。たぶん、お昼前には帰ってくるはずだから少し待っててもらえないかしら」


「構わんよ。なんの約束もしねーできたオレが悪いんだからな。帰ってくるまで気長に待たせてもらうさ」


 電話もねーこんな時代で待つことなんて日常茶飯事。一時間二時間なんて茶飲んでればあっという間さ。


「あ、兄を呼んできていいかしら? 父からあなたのことを聞いて凄く興味を持っていたから」


 なんでも鉱物商の会頭(社長みたいなもんだな)として店を仕切っているとか。会長さんはその上で商会の統括責任者なんだとよ。よくは知らん。


 ねーちゃんが消え、しばらくして初老の男性が失礼しますと入ってきた。


 身なりのよさからして執事、か、もしくは秘書と思われた。


「いらっしゃいませ。バジバドル家の家令をしておりますガンダルと申します。どうかお見知り置きを」


 これまた行儀のイイお辞儀をする。ん? 家令?


「え? 会長さんって貴族だったんだ!?」


 今知る驚愕……でもねー真実。


 この時代で家令と名乗れるのは貴族に仕えなくてはならない。とは、よく聞く話だ。いやまあ、一般的常識ではねーがな。


「はい。主は準男爵の称号を賜っております」


「確か、準男爵って一代限りの名誉職みたいなもんだったよな?」


「よくご存じで。はい。国に貢献させていただいたときに現陛下から賜れました」


 なるほどね。やっぱ国からの依頼だったか、アレは。


 まあ、追求は身を滅ぼすだけなので口にはしねーがな。銅が足りなくなるとか、キナ臭くて鼻摘まむわ。


「ふ~ん。会長さんもいろいろやってんだな。さすが一代で築き上げただけはある」


 きっと楽しいサクセスストーリーなんだろうよ。


 お茶出しなど家令の仕事に入ってるかは知らねーが、手慣れた感じで茶を淹れてくれた。


「紅茶?」


 色は乳白色だが、香りは紅茶のものだった。


「東の大陸から運んできた白茶と呼ばれているものです」


 家令さんの説明によれば貴族の間で今流行っているお茶なんだとよ。


 口にすると味は紅茶よりやや薄いような気がするが、まあ、味は悪くはねーな。


「イイんじゃねーの」


 貴族で流行っていると言うからにはきっとお高いものなんだろう。ここは家令さんの心遣いに敬意を表してそう言っておこう。滅多に飲めねーもんだしよ。


 紅茶──ではなく白茶を半分くらい飲んだ頃、扉がノックされた。




 壁の置物と化していた家令さんが滑るように動き、扉をゆっくりと開いた。


「よろしいか?」


「はい。どうぞ」


 ふ~ん。会長さんの子供でもこの部屋に入るには家令さんの許可か必要なんだ。いろいろメンドクセーことがあんだな、貴族ともなるとよ。


 この時代の礼儀作法なんぞ知らんし、村人に求められても困るが、年上の男から一礼されたら立つしかねーじゃんか。まったく、雑でイイのによ……。


「いらっしゃいませ。バーボンドの長子で会頭をしておりますバーガルと申します。ベーどのお話は父からよく聞いております」


「あーなんだ、そんな固っ苦しいのはイイよ。オレはしがない村人でくそ生意気なただのガキなんだからよ」


 それが会頭さんの流儀なら口は出さねーが、それはオレのいないところでやってくれや。これ以上はジンマシンが出て悶え死にそうだわ。


「フフ。父が言ってた通り、見た目とはまったく違いますな」


 前のソファーに腰を下ろすと、なにやら雰囲気が変わった。


「そうかい? オレはオレのままにいるだけなんだがね」


 だからどんなだよと突っ込まれても答えよーがねーが、まあ、こんなだと感じてくれや。


「相手が誰であろうと自我を通せる者は少ない。なのに、相手への礼節を忘れない。とてもその年ではできないものさ」


「オレの生き方は、考えるな、感じろだからな。感じるままに動けさ」


「フフ。まあ、そう言うことにしておこう。まずはなにより会頭として礼を申し上げる」


 と、頭を下げる会頭さん。オレ、なんかしたっけ?


「……えーと、なんだいいったい……?」


「父を、船を救ってくれたことさ。細かいことは言えないが、ベーどのが助けてくれなければ商会の未来はなかった。父とは別に礼を言わせて欲しい」


「……律儀だね、会頭さんは。だがまあ、素直にもらっておくよ。どう致しまして、だ」


 そう言うと、あのとき会長さんが見せたような苦笑を浮かべる会頭さん。


「なんだい?」


「父もそうやって封じられたのだな。そう言われたらそれ以上は礼は言えぬ。まったく、恐ろしい方だ」


「相手の感謝を無下にすんのもワリーし、ありがとうって言われんのはワリー気はしねーからな」


 他人からの感謝を否定するほどヒネクレちゃいねーし、言われたら嬉しいと感じる神経はもっている。オレは至って普通な男だよ。


「見た目は小さいのに懐は大きいか。なるほど、父があなたを友と言う訳だ」


「つまり、合格ってことかい?」


 表情を押し殺したようだが、そう言う狸と狐の化かし合いをしてるから一瞬の隙に弱いんだよ。隠したきゃもっと冷徹になるかバカになれ。それか吹っ切れろ、だな。


「……見抜かれてましたか……」


「言ったろ。オレの生き方は考えるな、感じろだと。感じることに掛けてはオレは最強だぜ」


 なんとなく気配が固かったし、目が笑ってなかった。それになんか試されてる気がしたから、隙を突いてやったのだ。


「アハハ! 言ったろバカ息子。ベーとは争うなと。わしでも勝てんのによ」


 と、会長さんが部屋に入ってきた。


「おう、会長さん。約束通り、遊びにきたぜ」


「まったく、隣村からきたような気軽さだな。まあ、ベーだからなんでもありか。とにかくよく来たな。歓迎するよ」


 それほど日にちは経ってねーが、相変わらずだなと思ってしまうのが会長さんの人柄だな。


 差し出された手をしっかりと握って再会を喜び合った。

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