第235話 一杯のコーヒー
中は意外と普通だった。
外からの見た目は魔女の家だが、中はアットホームな造りとなっていた。
「イイ趣味してんな」
前世で観たアニメに出てきそうな、なんとも絵になる居間である。石椅子に敷かれている敷物やクッション、シンプルながらイイ味出してる花瓶、水晶の置物、繊細なタペストリー、この家主のセンスの良さがあちらこちらに見てとれた。
「ありがとう。そう言ってくれる人がいないから嬉しいわ」
なんの気配もなく、つーか、入ったときは絶対いなかった場所に、年齢不祥な白髪の美女が立っていた。
第一印象は深いだった。
髪も服も白く、姿が霞が掛かったように薄く見えるのだが、存在がハンパなくデカいのだ。
……まるで千年樹だな……。
前に見た巨木のように、デカく長い年月を感じさせた。
が、そう言うのはエルフにもいたが、目の前の白い美女は、歴史を、人の生き様が見えるのだ。
「悠久の魔女だな」
深淵と言いたいところだが、そこは白い美女に失礼かと思い悠久にしたのだ。
「ふふ。眼がとってもいいのね」
「いや、勘がイイだけさ」
今生は考えるより感じることの方が生きやすく、前世の記憶持ちには考えたら生き辛いんだよ、ファンタジーはよ。
「オレは、ヴィベルファクフィニー。ただの村人だ」
「わたしはサーニ。ただの居候よ」
居候?
「ふふ。この家の家主は、そこにいるグレンよ」
と、サーニが目を向けた先にオババより小さいばーちゃんが仏壇でも置けそうな壁の窪みに座ってパイフをくわえていた。
断言してもイイ。オレが家の中を見回したときにはそこはなかった。そこにあったのは壁だった。
……本当に突っ込んだら負けな今生だぜ……。
「お邪魔してるよ」
連れてこられたとは言え客の礼儀として挨拶だけはしておく。
「いらっしゃい。ゆっくりしておゆき」
「グ、グレンがしゃべった!?」
「グレン!?」
隠居と居候が驚いている。
「ど、どうしたんだ、グレン婆! あんたがしゃべるなんてわしが若い頃まで遡らないとないぞ!」
「そーよ。わたしだって軽く百年は聞いてないわよ」
オレとしてはそんだけ生きてるあんたらにびっくりだよ。
視線を感じて反射的にグレンのばーちゃんに目がいった。
まったくもって普通のばーちゃんだった。うちの村のオババとなんら変わらねー豆粒みてーなばーちゃんにしか見えねー。なのに、よくわかんねーものがそこにあった。
グレンのばーちゃんはじっとオレを見ている。
オレもグレンのばーちゃんを見返す。
そこになんの意味があるかわかんねーし、なんも感じ取れねーが、察することはできる。
オレを見たいのなら気の済むまで見たらイイさ。
と、グレンのばーちゃんが笑った──ような気がするが、気のせいか……?
「お飲み」
コトンと言う音につられて見ればテーブルに黒い液体が入ったカップが置かれていた。
隠居と居候を見るが、まだ驚いてて助言はもらえなそうだ。
しょうがねーと椅子に座り、黒い液体が入ったカップに手を伸ばして口を付けた。
「───!?」
それはコーヒーだった。しかも前世のオレが好きで飲んでいたコーヒーとまったく同じ味をしていた。
反射的にグレンのばーちゃんを見るが、そこは壁となっており、まるで夢を見ていたかのように消えていた。
もう、なにがなんだかわかんねーが、ありのままの今を受け止めろ、だ。
もう一度、カップに口をつけ、じっくりと、香り、味、熱さを楽しみ、最後の一滴まで飲み干した。
よくわかんねー懐かしさが込み上げてきたが、それはもう帰ることができない過去の夢。幻だ。
旨い。ただそのことだけに感謝しよう。
「……ありがとな。こんな旨い茶を飲ましてくれてよ……」
淹れてくれただろうグレンのばーちゃんには言えねーが、せめて誘ってくれたじーちゃんには誠心誠意感謝した。
「……いや、礼を言うのはこっちさ。もう二度と声を聞くことはないだろうと思っていたグレン婆の声を聞かせてくれたんだからな」
「ええ。久しぶりにグレンの声を聞けてよかったわ」
なんとも懐かしそうに、なんとも嬉しそうに言う隠居と居候。
そこにどんなドラマがあったかは知らねーが、まあ、なによりなことだと言っておくよ。
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