第234話 誘われて

「……えーと、お前らって、オレも入ってんのかい?」


 なんかオレを見て言ってるようだが、気のせいだよね……。


「なにすっとぼけてやがる! テメーに言ってんだよ!」


 気のせいじゃなかった。


「ガルマっとこに飽きたらずうちのもんまで手出しやがって、ナメてんじゃねぇぞ!」


 凄んでくるオヤジにため息が漏れてしまう。


 ……本当にアホしかいねーんだな、この港にはよ……。


「聞いてんのか! このガキ!」


「まったく聞いてねーよ、このアホ」


 つーか、聞きたくもねーわ。


「こっちに用はねーし、テメーらに構ってる暇ねー。消えろ、アホが」


「────」


 顔を真っ赤にさせて蹴りを入れてくるオヤジ。だが、五トンを持っても平気なオレの体には痛くも痒くもねー。だが、相手は相当痛いだろうて。ほら、悶絶してるよ。


「おいおい、ガキ一人蹴って痛がるなんてどんだけ貧弱なんだよ? 大丈夫か?」


 蹲るオヤジの腕をつかみ、優しく立たせてやる。


「いだだだだだっ!」


 オレの手を払い除けて後退りするもバランスを崩して海にドボン。あっぷあっぷと必死に浮かび上がろうとしていた。


「なんだい、貧弱な上に泳ぎもできねーのかい、マフィアってのは?」


 オヤジの手下に嘲りを送ってやるが、手下はそれどころじゃないようで、オヤジを助けるために二人が飛び込んだ。


 しかし、オヤジを助けることなく、オヤジ同様あっぷあっぷと必死に浮かび上がろうとしている。


 さらに二人が飛び込んで同じ結果に。んでまた二人が……もうなんでもイイわ……。


「……いくか……」


 ねーちゃんらに促すと、なにやら青い顔をしていた。


「どーしたん?」


「あ、あんた、なにやってんだい!」


「なんもやってねーが?」


 赤毛のねーちゃんの叫びにオレはニッコリ笑ってやった。


「だっ、いや、あんた──」


「あのアホが勝手に怒って暴力ふるって勝手に痛がって、勝手に海に落ちて、勝手に溺れて、勝手に飛び込んで、また勝手に溺れてる。なあ、そこにオレの入る余地あんのか? オレがなにをしたって言うんだ? なんもしてねーよ」


 いや、してんだが、それをわかるヤツはいねーし、わからせねーようにしてんだがな。ケッケッケッ。


「アホ野郎は勝手に自滅してろだ。いくぞ」


 再度ねーちゃんらを促して港を出──ようとしたら、杖をついた、一見どこにでもいそうな凡庸な顔立ちと気配をしていたが、目だけが異様に強いじーちゃんが道端に立ってこちらを見ていた。


 ……バケモンだな……。


 そう思った、いや、そう感じた。このじーちゃん、この港の王だと……。


「どうしたんだい?」


 自然と立ち止まり、好好爺然としたじーちゃんを見詰めていたようで、ねーちゃんの声で我に返った。


「オッサン。あのじーちゃん、知っているかい?」


 たぶん、赤毛のねーちゃんは知らねーだろうと思い、オッサンに尋ねた。


「いや、知らんが。あのじぃさんがどうしたんだ?」


 オッサンが知らねーどころか、あの目にも気がつかねーとは、どんだけなんだよ、いったい……。


 このまましててもしょうがねーと、地に根を張りそうな足を無理矢理動かした。


 じーちゃんの二メートル手前で立ち止まり、ありったけの根性総動員してじーちゃんと目を合わせた。


 こちらの意図を見抜いたんだろう、身が凍えるような笑みを浮かべた。


「……オレは、ヴィベルファクフィニー。ただの村人だ。なんかようかい?」


「なるほど。こりゃ坊どもでは太刀打ちできんさね」


 たぶん、マフィアのボスらのことを言ってんだろう。見た目で判断したら痛い目にあうレベルだな……。


「おっと、こりゃ失礼した。わしは、ダゼル。ただの隠居じじぃさね」


 まさに突っ込んだら負けな返しだぜ、畜生が。


「なに、とって食いやしないさ。ちょっとあんたと、ヴィベルファクフィニーさんと茶をしたいだけさね」


 有無を言わせねー目だが、こちらにも譲れねー意地がある。挑発的な笑みを浮かべてじーちゃんを牽制する。


「不味い茶ならいらねーぞ」


「もちろん、旨い茶を出すとも。こっちさ」


 背中を向け、歩き出した。


「ねーちゃんらは先に帰ってな。ちょっとあのじーちゃんにお呼ばれされてくるわ」


「ちょっと、いったいなんなんだよ! あのじぃさんがなんだって言うのさ!」


「さーな。わからん。だが、わざわざ誘いにきてくれたんだ、断るのもワリーだろう」


「だから全然わからないっての!」


「まだわからなくてイイよ。ねーちゃんにはまだ毒だ。オッサン。頼むわ」


 あのじーちゃんの目には気が付かなかったが、空気は読めるようで、なにも聞かずわかったと頷いた。


 ねーちゃんがなんか叫んでるが、今は構っている暇はねー。こっちはじーちゃんから放たれる気迫に対抗するので精一杯なんだよ。


 着いていった先は、なにやらちょっとこじゃれた住宅地だった。


 多分、マフィアどもの屋敷街なんだろう、そこはかとなく品がねー。


「趣味ワリーな」


「まったくさね。昔は質素ながらも品のある街だったんだがな」


「古きよき時代か。 老人には黄金の時だったろうさ」


 オレも子供のとき(前世の話ね)は黄金色に輝いていた。だが、年をとるごとに色褪せて行き、妄想に近い昔を見るようになって行ったものだ。


「クックック。まるで百年生きたじじぃみたいなこと言いおる」


「生憎、まだ十一年しか生きてねーよ。そう言うじーちゃんは何年生きてんだよ」


「さてな。九十を越えた頃で忘れたよ。まったく、なかなか死ねんもんだわ……」


「そりゃお気の毒さま。精々長生きして若者に煙たがられろ」


「クク。そうじゃな。こうしておもしろいもんと出会えるんじゃからな。ほれ、ここじゃよ。旨い茶を出すところは」


 そこはまるで魔女でも住んでそうな蔦に絡まれた家だった。


「魔女の老婆がでっかい竃で怪しいもの煮込んでそうだな」


「当たらずとも遠からずじゃな。まあ、旨い茶を出すのは本当さね」


 どうぞとばかりに誘われ、その魔女の家──『グレン婆さんの心地好い一時』と言う、なんだかよくわからんところへと入った。

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