第219話 争いはなにも生まない

 ──んで、連れてこられたのは煉瓦造りのなにやら商館に似たところだった。


 この時代ではなかなか立派な造りで、繁盛してんなって感じだが、一階全てを利用した小店群や周りの小店群(闇市っぽい)が品をなくしていた。ついでに、客もガラワリーな。


「なんだいここ?」


「ガマル組の本拠地さ。主に港の食を握ってるマフィアだ」


 なるほど。確かに食いもんの店ばっかりだな。まあ、入りてーとは思わねーがな。なんだよ、その腐り直前の焼き魚はよ。しかも、適当に焼いたような感じだし。まるっきり食欲湧かねーわ。


 串焼きや煮込みを売る小店もあるが、酒飲みのツマミ的なもの。雑にもほどがあるものだった。


「あんま健全な商売ではねーな」


 独占禁止法なんてねー時代だし、強い者が仕切るのもしかたがねーが、競争のねー商売など向上も発展もねー。頑張って現状維持をしてろ、だな。


「こっちだ」


 いつまでも見回しているオレに業を煮やしたのか、今まで口を開かなかったオヤジがイラつき気味に先を促した。


「はいはい。わかったよ」


 オレもゆっくりしてらんねーからな、とっとと済ませるとしましょうか。


 オヤジの後に続いていくと、二階に通じる階段の横に屈強な男が二人立っていた。


「通るぞ」


 オヤジの声に腕組みをしていた屈強な男たちが背筋を伸ばして小さく頷くと、お通りくださいとばかりに一歩下がった。


「ほう、結構な大物がきたんだな」


「まあ、若い衆を束ねる組で三番目にいる男さ」


「そりゃ気苦労が絶えねーな」


 皮肉じゃなく心からの同情だ。あんなアホどもを面倒見なくちゃならねーんだからな。オレならとっくにハゲてるぜ。


 二階三階と上がり、四階へ上がるときにまた屈強……ではねー、魔術師っぽい男(フードを深く被っているので年齢はわからん)が立っていた。


「通るぜ」


 オヤジが言うと、頷きもせずに横へと退けた。


 またオヤジに続いて階段を上がろうとしたとき、魔術師から魔力の揺らぎを感じた。


 ポケットから魔剣バットを抜き、魔術師の喉元に突きつけた。


「ベー!?」


 慌てる船長を制し、魔術師を結界で拘束する。


「随分とナメたことしてくれんな。なにをしたかは知らねーが、魔力の動きや魔力感知はできんだよ」


 魔剣バットで魔術師を小突いてやる。


「ここでやんのかい? オレはそれでも構わねぇぞ」


 元々その覚悟できたんだからな。


「──なにしてやがる!」


 上から怒鳴り声がし、そちらを見ると、厳つい顔をした五十過ぎのオヤジがいた。


「それはこっちのセリフだ。船長の顔を立ててきてみればこいつから魔術を向けられる。あんたらの世界ではそれを攻撃と見なさねーのか? それとも腰抜けなのか?」


 厳つい顔が更に厳つくなる。まさに顔面凶器として人の心臓を止められそうだが、オーガの憤怒を見てる者としては変な顔ぐらいにしか思わねーよ。


「粋がってんじゃねぇぞ、ガキが」


「ガキは粋がってなんぼ。腰抜けのガキの頃よりは上等だと思うが?」


 ニヤリと笑って見せる。


「──!」


 そんな軽い挑発に簡単に乗っかる腰抜けくん。そこは『口の減らねーガキだ』と余裕ぶるところだろうに。程度が知れるぞ。


 まあ、オレの中では三流の烙印が押されたけどな。


「……死にてぇようだな……」


「それはつまり、オレと敵対するってことでイイんだな?」


 魔剣バットを軽く振り回し、まっすぐに腰抜けくんを差した。


「──待ってくれ!」


 と、オヤジがオレたちの間に入ってきた。


「旦那。落ち着いてくだせい。これじゃ他の組から嘲られやすぜ。テメーも落ち着け。先に手を出したのは謝る。だが、ここで騒いだら全てのマフィアを敵にすることになるぞ!」


「随分と温いこと言うな。街を一歩出りゃあ、そこは殺るか殺られるかの世界だ。弱い者が食われ、強い者が生き残る。冗談や洒落で生きてんじゃねーんだぞ、まずは生き残れだ」


 極道の世界も厳しいだろうが、生きるか死ぬかの環境で生きてる村人はもっと厳しいんだよ。弱肉強食ナメんな!


「まったくその通りだ。テメーの、いや、あんたが正しい。これこの通り謝る。どうか静まってくれ!」


 オヤジが床に両手両膝をついて謝ってきた。


 土下座の文化はねーが、それは最大限の謝罪法であり、許さなきゃこっちが恥ずかしい立場になっちまう最終奥義であった。


「しゃーねーな。そこまでされたら許さねぇ訳にはいかねーじゃねぇかよ。わかった。あんたの顔を立ててなしにしてやるよ」


 魔剣バットをポケットに仕舞い、魔術師の拘束を解いてやった。


「すまねぇ、恩に着る」


 頭を床につけて更に謝るオヤジ。まったく、カッケーにも程がありやがるぜ。


「そんで、オレになんの用だい? 忙しいんでなとっとと用件を言いな」


 オヤジが威厳を棄ててまでオレを静めたのに、一歩もその場から動かなかった腰抜けを睨んだ。


「……上がってきやがれ!」


 そこでキレたら地獄(精神的な、ね)を見せてやったのだが、多少なりとも分別はあるようで、忌々しい感じでオレの視界から消えやがった。


「やれやれ。大変だな、あんたら。よくアレで組が持ってるぜ。短慮にも程があんだろうが」


 他人ごとながら可哀想で涙が出てくるぜ。


「……すまねぇ……」


 思うところはあるだろうが、それを一切口にも態度にも表さない。まったく、いぶし銀なオヤジだぜ。


 どうぞとオヤジに促され、腰抜けの執務室っぽいところに案内された。茶はなしかよ。まあ、こんなところで出されるものなんて飲みたくはねーがな。


「船長さんも飲むかい?」


 無駄に豪華な革張りのソファーに一緒に腰を下ろした船長さんにコーヒーを出してやった。


「……お前のその度胸が羨ましいよ……」


 必死に生きてりゃ嫌でも度胸がつくもんよ。


「で、なんだって言うんだい?」


 コーヒーの香りを楽しみながら問うた。


「……うちの若いもんを解放しやがれ……」


「話は端的に、わかりやすいように言えや。意味がわかんねーよ」


「テメーの魔術だか魔法でうちの若いもんを拘束しただろうが、惚けんじゃねぇっ!!」


「そもそもあんたの若いもんってなんだよ。オレはここにきてしゃべったのは横の船長さんや酒場のじいちゃん、あとは街のヤツらだけだし、たんにおしゃべりしただけだ」


 と、腰抜けくんがなにか言う前に、いぶし銀のオヤジが間に入ってきた。


「──若いヤツらのしたことは謝る。落とし前もつけさせる。金で許してくれるんなら幾らでも出す。頼む。解放してやってくれ!」


 本当に謝罪の仕方をわかってるオヤジのようで、二度は床に頭をつけることはしねー。やったら謝罪が軽くなるからな。


「……あんたにはもったいねーくらいできた子分だな。だが、意味がわかんねーし、オレには関係ねーことだ」


「────」


「──しかしだ」


 腰抜けが怒る前に口を開く。


「これでも魔術にはちょっと自信があるし、大抵のものなら解除はできる。そうだな……このできた子分に免じて一人銀貨八枚で解除してやるよ。あ、借り三つでも構わねーぜ」


「──わかった。払う。払うからそれで頼む!」


 腰抜けが騒ぐ前にオヤジが割り込んできて承諾した。つーか、勝手に決めちゃってイイのか? まあ、内政干渉はしねーけどさ。


「じゃあ、これで叩いて解除してやんな」


 と、ポケットから叩き棒を出して渡した。


「それで大抵の魔術なり魔法は解除できるはずだ。あ、それな、オレの秘伝なんで終わったら返してくれな」


 結構使いやすくて重宝してんだ、その叩き棒はよ。


「話は以上だな?」


 もう腰抜けは邪魔でしかないんで完全無視。オヤジと会話することにした。


「……すまねぇ……」


「いえいえ。これも商売。お気になさらず」


 客になったらそれなりの誠意は見せるのが商売人。毎度ありだ。


 用も済んだしと、部屋を出ようとしたところで肝心なことを言うのを忘れてたことに気が付いた。


「ま、これからは仲良くやろうぜ。お互いの利益のためによ」


 争いはなにも生まないって、誰かが言ってたしな。うん。 

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