第188話 酒場

「……お、お前、ボブラ村の、ガキ、なのか……」


 やっと口を開いたらそんなことを言いやがった。


 会長さんほど深いしゃべりはしなかったが、船の処置は船長さんを通していたのでしゃべる機会は会長さんの次くらいにあった。


「おいおい、ひでーな。もうオレの顔を忘れたのかよ」


 あ、そー言やぁ、船長さんの名前、なんだっけ? ヤ……じゃなくて、マ……でもなくて……ま、なんでもイイか。そのうち出てくんだろう。


「いや、あれだけのことして忘れられんならおれは何度でも悪夢を見るわ! そうじゃなくて、お前、いや、ベーがなんでここにいんだよ! どんな早馬を使ってもあの村からここまでくるのに最低でも十日はかかるぞ!」


「なんだい、会長さんに聞いてねーのかい? オレには渡り竜の友達がいっからな、朝早く出れば今頃には着けんだよ」


 朝の六時頃に出れば九時くらいには着けるのだ。


「……渡り竜と友達とか、ほんと、非常識なガキだな……」


「まーな。否定はしねーよ」


 もうなんと思われよーとどうでもイイわ。


 なにやら天を仰ぎ、ため息して顔を戻したら、いつもの……かはしんねーが、海の男と言った顔付きになった。


「まあなんだ。ようこそ王都に。歓迎するよ」


「おう。ありがとな」


 さすが会長さんのとこの船乗り。気が利くじゃねーの。


「そんで、王都になんの用なんだ? バーボンドさんに会いにか?」


「それもあるが、ちょっと港の下見にな」


「下見?」


 不思議そうに首を傾げた。


 まあ、無理もねーか。船とか無縁の村人が港の下見とか言ってんだからな。


「ああ。港の使用法を知りたくてな。あ、船長さん、今大丈夫かい? 時間があんならオレに少し時間をくれや」


 港の管理人(国の役人)が、どこともわからねーガキに港の使用法を教えてくれるとも限らんからな、顔見知りに聞いた方が手間が省けてイイかもな。まあ、時間をもらえたら、だが。


「……ほんと、お前は何者なんだよ……」


「ただの村人とでお人好しなクソ生意気なガキだよ」


 ニッコリ笑って見せる。そうとしか言いようがねーからな。


「…………」


「で、時間もらえっかい?」


 聞くと、それは長い長いため息を吐き、なんか吹っ切れた顔になった。


「わかったよ。くれてやるよ」


「ありがとよ。恩に着るよ」


「……ほんと、ガキとは思えねぇくらいの貫禄してるぜ……」


「なに、世間知らずなんでな、物怖じしねーだけさ」


「ふっ。お前が世間知らずならおれなんてケツの青いガキだよ」


 ふふ。なかなかイイ男じゃねーの。船長さんよ。


「こいよ。いい酒場がある。そこで話を聞いてやるよ」


 男臭い笑みを浮かべ、港で働く者や船乗りの繁華街と思われる方へと歩き出した。


 そして、連れてこられた酒場は、路地裏にある寂れた、なんとも商売気まるで無しの、『おれ(店主)が気に入らねぇヤツは客じゃねぇ』とか言いそうな雰囲気を醸し出した酒場だった。


 中も四人しか座れねーカウンターに二人用のテーブルがあるだけ。華もなにもあったもんじゃねー。


「イイのかい? オレみてーなガキを連れ込んで」


 場違い甚だしいにもほどがあんだろう。店主に放り出されんじゃねーの?


「構わんさ。見た目はこんなだが、旨い酒と旨い料理を出す、ただの酒場。まあ、じいさんの趣味でやってるところだ。それに、あの嬢ちゃんの旨い料理を食ってるお前さんを連れてくる場所はここしか思いつかねぇよ」


 ほぉう。サプルの料理を食って連れてきた場所とは興味深いじゃねーの。そりゃ食わなきゃソンてもんだわな。


「お、きてたのか」


 と、奥から白髪頭のなんとも迫力のあるじーちゃんが現れた。


 ……昔はオーガを百匹は狩ってましたと言われても素直に信じられるくらいの眼光してんなぁ~、おい……。


「おう。邪魔してるよ。酒とこいつに料理を頼む。腕によりをかけて頼むぜ。こいつはじいさん以上の料理を毎日食ってんだからよ」


 もうその眼光だけで人、殺せんじゃねぇ? ってくらいの目をオレに向けてきた。


「貴族のガキ……じゃねぇな。随分と肝の座ったガキじゃねぇか」


「まあ、生きてりゃじいさんみていなもんと遭遇すっからな、いちいち驚いてらんねーよ」


 怖いだけまだマシだ。世の中には身も毛もよだつイキモンがいっからな。


「フフ。おもしれぇガキだな。名はなんて言うんだい?」


「本当の名前は長ったらしいんでな、呼んでくれるならベーと呼んでくれや」


「クックック。世の中には見た目通りじゃねぇのはたくさんいるが、お前──いや、ベーはダントツだな」


 なにやら強面なクセに表情豊かなじーちゃんだな。


「そうかい。オレとしてはクソ生意気なただのガキだと思ってんだがな」


「そりゃ、本当のクソ生意気なただのガキに失礼ってもんだ」


 今度は口を開けて大笑いするじーちゃん。それを目を丸くして見る船長さん。どうやらオレは貴重なもんを見ているらしいな。


「待ってな。腕によりをかけて作ってやっからよ」


「ああ。楽しみに待ってるよ」


 なるほど。こりゃ船長さんじゃなくても馴染みになりたくなる店だわ。

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