第134話 命は大切に
「──到着っと。ふぅ~」
うちからエリナがいるところまで約十キロを十分くらいで翔け抜けた。
自由自在なのでスピードは幾らでも出せるし、安全なのだが、前世じゃペーパードライバーだったオレに出せるスピードは七十キロが精一杯。それ以上は操作できねーよ。
ルククの背に乗るのだって結界で固定し、更に結界鎧を纏って風圧やら安全やらを確保して乗ってるくらいだ。
じゃあ、なんで本気を出したかと言うと、トータが飛翔魔術を使ったからだ。
魔術的才能はサプルに劣るトータだが、オレと比べたら百倍くらい上を行っている。ちょっとのアドバイスでものにしてしまう。
前に風の使い方次第では空を飛べるぞと言ったら飛翔魔術を使いやがった。
いやもう焦ったよ。勝負だ、の掛け声の直後、なぜかトータが前方にいて、まるで飛行機が離陸して行くように空に飛び立って行くんだからよ。
不味いと、空飛ぶ結界を加速させ、まっすぐ飛ぶことだけを考えて翔け抜けたのだ。
十分くらいしてトータが到着する。
悔しそうな顔をしているところを見ると、相当前から密かに訓練していたのだろう。トータ、恐ろしい子……。
「……負けた……」
心の中では『ヤバいよヤバいよ』を連発させながら不敵な表情を浮かべ、このくらい余裕だぜな態度を見せる。
「だが、スゴかったぞ。さすがだ」
余裕を持って褒めるのが兄であり、威厳を守る最善の法でもある。いつでもオレを追い越せと、予防線を張っとくのだ。
情けないとは言うなよな。オレは凡人の代表選手みたいなもの。真の天才に勝てるわけねーんだからよ。
トータの頭をガシガシと乱暴に掻き回し、超余裕な態度を見せてやる。
「努力は天才を上回る。それを忘れたとき、お前の才能はそこで止まる。常に努力し、上には上がいると知れ、だ」
「……うん。おれ、がんばる」
ああ、オレも頑張るよ。兄の威厳を守るために……。
心に固く誓い、岩の裂け目に向けて歩き出すが、入り口の手前で立ち止まる。
「べーがきたと伝えてくれ」
そう言うと、入り口の両脇の空間が歪み、二匹の武装したゴブリンが現れた。
ねーちゃんらにやったのと同じ用足し用の腕輪を渡してあり、門番に着けるように指示しておいたのだ。
「ギギっ」
片方のゴブリンが頷き、裂け目の中へと入っていった。
エリナの力なら言葉をしゃべれるくらいにまで進化させられるらしいんだが、それをするには魔力が必要らしく、今は命令を実行できるゴブリンを二十体用意できるのが精一杯なんだとよ。
しばらくしてバンベル(スライム形態で)がやってきた。
「ご足労、ありがとうございます」
ぷるぷると震える。たぶん、一礼的なことをしたんだろう……。
「気にすんな。オレが決めたことなんだからよ」
ぷるぷるとまた震える。それはちょっとわかりませんです。
「前にきたねーちゃんらにオークを捕まえたと聞いたが、殺してはいねーだろうな?」
「はい、殺してはおりません」
「それはよかった。命は大切にしねーとな」
もちろん、美味しく頂きました的な意味で、な。
「で、エリナは?」
「……相変わらず引きこもっております。申し訳ございません……」
謝るところに常日頃の苦労が見て取れて同情しか湧いてこねーよ。
「まあ、生きて……るかどうかはともかく、まだ存在してんならなによりだ。あ、しばらくしたらねーちゃんらがくるから通してやってくれや」
「畏まりました」
ぷるぷる震える。あ、うん。もう人型になってくんねーかな。読み取るの疲れたからよ……。
「では、ご案内させていただきます」
服の袖をつかむトータの頭を大丈夫だとポンポンと叩き、バンベルの後に続いてダンジョンへと入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます