第84話 イイ商売ができてなにより

「ワリーな、お客さんたち。うち、狭くて三人がやっとなんだわ。だから三人ずつ、順番で入ってくれや。あとになるほどオマケすっからよ」


 これが人間なら六人でもなんとか店ん中を見て回れるんだが、客が人魚となると話が違ってくる。


 身長は人間と変わらんのたが、人魚の下半身は魚。下半身を動かして移動するもんだから結構場所を取るのだ。


 一応、人魚相手の店なので広さは十畳ほどでも高さは十メートルある。だが、やはり店ん中を泳がれると三人がやっとなのだ。人魚の泳ぎで起こる回流、ハンパねーんだよ。


「皆、さっきの順番で頼むよ」


 店を誰よりも(下手したらオレよりも)知っているナルバールのおっさんが仕切っていてくれたよーで、揉め事もなく最初の三人が店ん中に入って行った。


 その後に店主のオレが続き、当然のようにナルバールのおっさんが続いた。


「おお、本当に凄いな!」


「地上のものが当然のように並んでおる!」


「これが陶器の皿か!?」


 視線を上にあげれば人魚たちが泳ぎ回っている。


 字面はファンタジーで、幻想的に聞こえるが、男の、しかもおっさんの人魚が泳ぎ回っている図は、物凄くシュールと言うか、なんだかやるせない気持ちで一杯になるぜ……。


 無理矢理女の人魚に脳内変換しながらカウンターの向こうへと移動した。


 結界を発動させ、カウンターの手前(店ん中側)一メートルと番台側(二畳くらい)の水を抜き、空気のある空間を作り出した。


 結界を纏っているとは言え、やはり水の中は疲れるし、落ち着かないものだ。店番してるときくらいは空気に触れていたいよ。


 人魚も一応空気の中でも生きられるし、人魚用の椅子や浮き輪(空気の中で浮く結界だけどな)を用意してあるから不自由はねーはずだ。


「しかし、珍しいとは言え、地上のもんなんか買ってってどーすんだ?」


 皿ならまだしもカップって、なにに使うんだよ? あんたらゼリー状のもんか固形物しか口にせんでしょーが。


「珍しいから、海中にないものばかりだから良いですよ。地上でも海のものを珍しく思うでしょう?」


 まあ、言われてみりゃあ確かにそーだが、だからって、ズボンとか靴とか欲しがる心理はわかんねーよ。


「まあ、なんにせよ繁盛してよろしいではありませんか」


「商売人の前でワリーが、オレはエセ商売人だからな。繁盛とかどーでもイイよ」


 チラっとナルバールのおっさんを見るが、張りつけたような笑顔のままだった。


 それがこのおっさんを信じられねー要因の一つなんだよなぁ~。


 多分、このおっさんは自尊心は人一倍高いはずだ。二番に甘んじるタイプではない。


 まあ、それはオレの勝手な思い込みだが、相手が人間とは言え、僅か十才のガキにここまで下手に出れるとか、余程人魚ができてねーと無理だろう。オレは、この世に聖人君子なんていねーと信じてるタイプだ。もし、そう呼ばれているヤツがいるとすれば、そいつは希代の詐欺師かゲス野郎のどっちかだ。


 まあ、その理論が正しく、このおっさんが詐欺師かゲス野郎だとしても、オレは別に構わねー。このおっさんの人生はこのおっさんのもの。オレが口出すことじゃねー。オレに関わらねーならご自由に、だ。


 もちろん、オレに関わるようなことなら全力で拒否させてもらうがな。


「しかし、と言うならわたしもですよ。よくこんな安い値段を付けますね? 服が三ビルとかありえませんよ」


 人魚世界の通貨単位がビルであり、一ビルがだいたい銅貨一枚くらいだ。


 そう考えたら羊毛で作られたベストが銅貨三枚は、ありえないくらい安いだろう。しかし、その通貨が真珠だったらどうだろうか。


 天然真珠、それも一センチの層の厚い真珠三つと羊毛のベスト、どっちが価値があると言ったら断然真珠だろうよ。


 人魚から見れば真珠なんてそこら辺で取れる──いやまあ、通貨に使われるくらいだからそこら辺は言い過ぎだが、それでも銅貨感覚。商売人からしたら小銭に過ぎない。


 だが、それでも前世で母親に買ってやった天然真珠のネックレスが二十九万八千円もした記憶があるせいで、三ビル(それでももらい過ぎに感じるがな)以上はもらう気になれんのだ。


「まあ、そのビルはキレイだし、色も豊富で見てると飽きないからな、オレとしては損はねーよ」


 つうかこの真珠のお陰で月に五冊も本が買えるのだ、得してると言った方がイイだろうよ。


「まあなんだ、お互いにイイ商売ができてなによりさ」

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