第83話 気まぐれ屋
今さらだが、我が店の名前は、気まぐれ屋だ。
名が表す通り、気の向いたときに店を開くから、そう名づけたのだ(はい、安易ですがなにか?)。
客からしたらなんとも迷惑な話だが、趣味でやってるヤツなんて自分が満足するためにやってるよーなもんだ。
オレだって、『店、なんかおもしろそう』で始めたし、儲けより雰囲気を楽しんでいるんだからな。
まあ、なにが言いたいかと言うとだ。頼まれていたものを置いて店に戻ってきたら、店の前に人(魚)だかりができていたのだ。
趣味で、雰囲気を楽しんでいる者としたら繁盛なんて迷惑でしかない。やっている、そう思うだけで満足なんだからな。
そのまま見なかったことにして通り過ぎたいが、人魚だらけのところで人間が一人しかいない状況ではアホな行動でしかないし、知り合いがいては他人の振りもできない。ほんと、メンドクセーな。
「やあ、待ってたよ、ベーくん」
中年でメタボなナルバールのおっさん(人魚だと認めたくねーし、呼びたくねー)が愛想よく語りかけてきた。
このおっさんは、ハルヤール将軍の弟で、王都では名のある商人とのことだが、どうもにも胡散臭くて信用できねーんだよな。
だからって悪徳とか、性格がワリーとかじゃねーんだよ。話し方も丁寧だし、誠意ある態度を見せる。
商売人としても有能で、オレの無茶な注文にも応えてくれる。行商人のあんちゃんくらいには重宝する人物だ。
オレの今世の性格なら友達になっているはずなのに、なぜかこのおっさんには壁を作って、踏み込もうとしねーんだよな。
「おう、おっさん。久しぶりだな」
そんな感情を顔には出さず、笑顔を見せて挨拶する。
あまりこのおっさんにオレの警戒心を悟られたくねーし、重宝する人物なのでほどよい距離を保っておくのが吉だろうからな。
「どうしたい、そんな大人数で?」
「アハハ。相変わらずだな、ベーくんは。客がきたとは思わないんだから」
「客? ああ、そー言やぁ、店やってたっけな。ワリーワリー」
ちょっとわざとらしいかと思うが、気にしたらよけいにボロが出る。ここは勢いでいけ、だ。
「しかし、おっさんらも物好きだよな。うちの店に買いにくるんだからよ」
雰囲気を出すために商品は置いてはあるが、人魚が、いや、海の中で使うには不便なものばかりだ。
木のカップやら竹籠、釜に鍋、中古の服やら鞄やら普通の雑貨屋を真似てるだけで人魚の需要なんてなにも考えちゃいねー。いったい誰が買うんだよってもんばかりだ。
「なに言ってるんだい。ベーくんの店は宝の山だよ」
はん? 宝の山? なに言ってんだ、このおっさんは?
「海の中で着れる布地の服なんてここでしか売ってないよ」
そりゃまあ、結界で包まなきゃ陳列できんからな。
人魚の歴史も結構あるから服を着る文化を持つようになった。だが、水の中では衣服の素材は、生き物の皮を加工したものか、海竜の髭を編んだもの。それか金属製のものかだ。
海の中で服? 水の抵抗モロだな。とか突っ込みしたら負けだぞ。人間だって歩くのに阻害しかねーだろってもんを着たり履いたりしてんだろう。いろいろ賛否はあるが、それが人魚の文化。突っ込んでもしょうがねーことだ。
「それに、髪飾りや鞄の意匠も素晴らしいものだし、金属製品は錆びない上に長持ちときてる。なにより安いのが良い。商売人としてはここ以上の宝の山はないさ!」
なんか、どこかで聞いたよーなセリフだが、宝の山と言われるのは満更でもねーな。
よくあるものを置いてるとは言え、作り手としては褒められたら嬉しいもんだし、認められるのも悪い気がしねー。
まあ、なんとも単純なこったと、自分でも思うが、人間なんて単純な生き物。クリエイターの業。そう言われちゃうと気が緩くなるもんさ。
「まあ、立ち話もなんだし、店ん中で話そうや」
はい、まんまと乗せられたバカなオレです。だが、後悔はねー!
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