第70話 薬師の仕事

「ベー!」


 なにやら危機迫った声が辺りに響き渡った。


 やれやれ。一休み一休みしたところなんだがな……。


 文句の一つも言いたくなるが、まあ、こんなことはよくあること。薬師の宿命だ。受け入れてこそ一人前である。


 むくりと起き上がり、声がしたほうを見る。


「どうした、ガムのおっちゃん?」


 樵衆の一人で四軒先に住む二児の父親だ。


 どこから──いや、伐り場から走ってきたんだろう、顔中汗だくだ。


「サプル! 水だ!」


 なにごとかと家の中から出てきたサプルに叫んだ。


「た、大変だベー! き、伐り場にゴブリンが出て、ザップが───」


 そこで力が尽きたようで地面に崩れてしまった。


 伐り場からここまで約三キロ。しかも山を駆け登ってきたら崩れて当然。さすが山の男である。


「サプル、あとを頼むぞ」


「わかった!」


 水を持ってきてくれたできた妹に任せ、空飛ぶ結界を出して伐り場に向かった。


 んで、伐り場に到着。空飛ぶ結界様々である。


 空飛ぶ結界から飛び下り、そのまま山小屋に入った。


「容態は?」


「お前の薬を飲ませたが、血が流れすぎたのか顔が真っ青だ」


 サリバリのとーちゃんで、伐り場の纏め役たるザバルのおっちゃんは四十五才。樵としては中堅だが、十二から山に入っているので経験はオレよりある。だから状況判断は的確だし、血を恐れねぇ。なんとも頼りになるおっちゃんである。


「ゴブリンは剣を使ったのか?」


 オレは薬師であって医者じゃねーから診たくらいじゃわからねーが、切り傷の類いは日常茶飯事。どんなもんで斬られたたか切ったかわかれば対処はできる。


「ああ、そうだ。結構鋭いもんだった」


「わかった」


 なら大丈夫。ファンタジー薬はバイ菌を弾き返してもくれる優れもの。あとは栄養丸と薬水を飲ませれば二日もしないで立ち上がれる。


 しかし、オババんとこでこーゆーのは何度も経験してきたのに、人を生かそうとするのは精神を使うぜ……。


「まあ、こんなもんだろう。あとは目覚めたら胃に優しいもんを食わせて顔色が戻ったら完治だ。っても、五日くらいは仕事はさせんじゃねーぞ」


 ここら辺で採れる薬草は中の上と質はイイが、だからって万能と言う訳じゃねぇ。体を無理矢理治してんだからどうしても負担がかけっちまう。元通りになるにはどうしても時間が要るんだよ。


「そうか。誰かロブんちに知らせてやってくれ」


「おれがいくよ」


 樵衆では若い(っても二十五歳だがな)ダンバルのあんちゃんが名乗りをあげ、知らせに走っていった。


「すまんかったな、ベー」


「それが薬師の仕事さ。気にすんなよ」


 薬師と名乗るからには人を助けるのは義務だとオババに教えられたし、同じ村のもんを救うことに否はねーさ。


「それより、ゴブリンはどうしたんだ?」


「なんとか二匹は倒したが、一匹に逃げられちまったよ」


「また三匹一組か。組織的だな、おい」


 どうしようもなくゴブリンは統一されていることが決定したぜ。


「まったく、厄介だぜ」


「お、おい、ベー……」


 オレの呟きに樵衆が不安な顔を向けてきた。


「近くにゴブリンを率いるヤツがいる」


 慰めを言ったところでしょうがねーし、隠したところで意味はねぇ。こんな世界(時代)じゃ大暴走なんて珍しくもない天災だ。はっきりさせた方が生存率が上がるってもんだ。


「まあ、不幸中の幸いっうか今うちにC級の冒険者パーティーが泊まってる。村長に言って依頼を出してもらおう」


 C級ともなればオークの群れ(二十から三十匹)を倒せるレベルだ。しかも新装備したねーちゃんたちならゴブリン百匹でも余裕だろうさ。


「……しかし、金が……」


「こんなときの貯蓄金だろうが。惜しんでたら村は全滅だぞ」


 まあ、オレはそんなことさせる気はないが、村のことは村のもん全員の責任だ。誰か一人に押しつけるなんてこと、オレがさせねーぞ。


「わ、わかった。じいさんからも言ってもらう」


 ザバルのおっちゃんはうちのオトンとは幼馴染みで親友だった。


 五年前のオークらの襲撃をオトンに押しつけたことを今でも気にしてる。だから、金のことを気にしてても同じことをしたくないのだろうよ。


「なに、ねーちゃんらなら大丈夫さ。結構場数を踏んでるようだしな、ゴブリンの大暴走が起きる前になんとかしてくれるさ」


 ねーちゃんたちには悪いが、英雄──あ、ねーちゃんら女だっけ。あれ? 女の場合なんて言うんだっけ? 女傑? 英雌? いやまあ、なんでもイイがオレが霞むくらいの名声を得てもらおうではないか。

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