試撮 ―ためしどり―

鷹崎レオ

第1話

土曜日の午後のわりに閑散とした駅前通りを、揚々と歩く。

就職をしてから少しずつ貯金をして、ようやく最新モデルのスマートフォンを買った。


自然とにやけている自分の顔を、傷一つない液晶が映し出す。

滑らかな液晶をタッチすると、一切淀みのない動作で反応する。

販売店で既に移し替え済みのSNSアプリに、スマホ更新の喜びを投稿する。

そして、日々進化をしていく内蔵カメラの性能を体感すべく、カメラのアプリを起動した。

驚くほど高精細に、そして広角に映る画に言葉にならない声をあげて感動する。


「うわっ…、すごっ…。」


ぐるぐると景色を回し映し、カメラ切り替えボタンをタップする。

インカメラに切り替わると、やはりにやけている顔が映った。

緩い口元を意識的に引き締め、すぐにカメラを切り替えなおす。

そして、スマートフォンを持ち上げ、何気なく撮影ボタンをタップする。

カチッ、という控えめな電子音が鳴り、切り取られた景色が写る。


さほど高さのない古いビルや建物の中に、開発途中のぽっかりと空いた土地が写る、いかにも地方の市街部という画だった。


「うーん。せっかくこれだけの性能があるんだから、もっとちゃんとした写真撮らなきゃ失礼だよな。」


という、意味不明な精神により、改めてスマートフォンを構える。

画面をタッチし、「プロ加工モード」なるモードに切り替える。

やや色づき始めた街路樹を手前側に配し、建物と通りをフレーム内に納め、自分なりにバランスが良いと思うアングルで撮影する。

カチッ。再び景色が切り取られる。


高性能な映像エンジンが、程良い暈しと調光を施し、自分が撮ったものとは思えない写真が撮れた。


その画像をすぐさま先程のSNSにアップする。


「『さすがニュースマホ!カメラ性能すごすぎ』・・っと。」


ふと軽い喉の渇きを覚え、近くのコンビニへ行くべく画面を消す。

暗くなった画面には、未だにあの顔が映っていた。



コンビニを出て、大して疲れている訳でもないのに買ってしまった、エナジードリンクを一気に飲み干す。

そして店先のガードパイプに腰掛け、スマートフォンを弄るのに暫し没頭していると、電池残量が30%を切る通知が出た。


それに重なるように、先程アップした画像に、友人のハルキからのリプライ通知が出る。


即座に通知をタップしSNSを起動する。


『すげぇ!!いいなぁ~!!てかどこだよここ(笑)』


という絵文字を交えた返信に、軽い優越感から内心ほくそ笑みながら、改めて画像を見返す。


(・・・確かに。どこだ、ここ?)


確かに、写り映えのいい写真ではあった。しかしそれだけだ。

暫く画面を凝視した後、ふと返信をしなければと我に返る。


『やっぱニューモデルはいいよ~!ちなみにさっきのはT駅の前の通りね!』


素早く返信をする。そして、間髪を入れず続けて文字を打ち込む。


『でも記念すべき最初に撮った写真はコチラ(笑)』


そして、最初に適当に撮った画像を添付し送信。

すると、すぐに返事が返ってきた。


『めっちゃ普通の写真じゃん(笑)てか、あのナントカって古本屋があったとこ更地になったんだな』


その言葉を読み、改めて始めに撮った写真を見返す。

空白地の隣に残る雑居ビルから、確かに古本屋があった場所だったと気付く。

その横には、やっているのか分からない床屋もあったはずだが、その建物もない。

近くに出来る予定の、大型ショッピングモール用の駐車場用地になるらしい。


『隣の床屋もなくなってたね。やってたのかは知らんけど(笑)』


と、そこに生活の基を置いていた人に対し、失礼な言葉を並べているとは気付かず返信する。


『それな(笑)まぁ古本屋の方もお客あんまり見なかったしな。あそこのおっちゃん昼寝してばっかだったし(笑)』


そこから暫く思い出話のやりとりをしていると、いよいよ新しい愛機の電池残量の限界がきた。


家路に着くべく、陽が傾きだした街を、車を駐めてある、少し遠いが安いコインパーキングに向けて歩きだした。


----


30分ほど車を走らせ、アパートに着いた。

キッチンシンクで少々雑な手洗いとうがいを済ませ、着ていたものを洗濯機に入れ、部屋着に着替える。

愛機はすでに意識を失っており、沈黙していた。

新しい充電器の箱を、きれいに開けるのももどかしく、ビリビリと破きながら開封する。

真新しい充電器を、少し指紋が付いているが、これまた真新しいスマートフォンに挿してベッドの脇に置き、ようやく一息つく。

が、未だに僅かに残る高揚感が身体をソワソワさせる。


「やっぱいいなぁ」


と、ケーブルで繋がれた愛機を見つめ独りごちる。

2、3分ほど思考を停止していただろうか。我に返り、渋々洗濯機を動かしに腰を上げる。

キッチリ洗剤を投入し、ソフト洗いで洗濯機を回したあと、部屋干ししてあった服を畳んでいく。

その間もチラチラとスマートフォンを見つめ、幾度となく手が止まった。


ようやく畳み終え、箪笥代わりのクリアケースに洋服をしまうと、すぐさまベッドへダイブする。

すぐに愛機を手にして電源を入れると、かなりの通知が来た。

見るとSNSに最初に投稿した画像に、フォロワー達から20件以上の「いいね」が来ていた。

さらにハルキとのやりとりでアップした、『本当の最初の1枚』にも3件の「いいね」とリプライが来ていた。

リプライは高校の同級生で、東京に就職したユウマからだった。


『スマホ更新おめ!そんな前じゃないのに懐かしいな~あの古本屋のおっちゃん(笑)奥の通りの栄来亭も無くなったんだな…。あそこのカツ丼好きだったんだけどなぁ』


高校時代にバイト代が入ると3、4人でよく通っていた店だった。


『おめあり!あそこはガストがある通りに移転したんだよ。ただ移転を機に店主のオヤジが引退して息子になったら微妙に違うんだよねぇ』


移転後に一度行ったが、オヤジのカツ丼と比べ、少し玉子が緩く、カツが小さく、一味足りない。そんな印象だったので、それ以来行っていない。


『マジか…。あの味が恋しい…(泣)てかなんか景色変わっちゃいそうだな、あの辺。』

『そうだなぁ。駅周辺もガンガン開発されてっから、5年もすれば面影ないかもな(笑)』

『奥の方に写ってる人も感慨深げな顔しとる(笑)』


言われて画像をズームしてみる。

奥に写る建物の脇に、年配の男性が立っている。奥側から手前に向けて、空き地を眺めているようだ。

その顔は、言われてみると何だか寂しげに見える。


『こんなにはっきり写るのな(笑)すご!てかよくこんなとこまで気付いたな(笑)』


返信を送り、改めて画像の隅々までズームして見て、ハッとした。

小さいが何人か写っていて、うっすらと顔も認識できる。

今まで景色などの写真をアップする時は、知らない人の顔が写っていないか、気を付けていた。

しかし、自分が舞い上がっていたのもあるが、カメラの性能が向上すると、ここまで認識出来てしまうのだ。


少なからぬ悔悟の念を抱きながら、冷静に画像全体を見直す。


確かにパッと見て、出来のいい写真とは思えないが、街の情景や過去、未来、写っている人の感情。


様々なものが見て取れる気がした。



『また暮れに帰るから飲もうぜ!』


その後のユウマとの何回かのやりとりは、そんな言葉で終了した。

ベッドにゴロゴロしながら、ゲームアプリのアカウントの引継ぎや、アラームの設定などをした。

その間も、SNSの通知は何度かあったが、引継ぎに専念する為、音を消してひたすら無視していた。


目が覚めた。スマホを弄っている最中に、いつの間にか寝落ちしてしまっていたようだ。

スマホの時計を見る。午前1時。

喉の渇き。空腹。放置された洗濯機の中身。

色々なものに気が付き、げんなりする。

一先ず、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、一気に半分ほど飲み干す。

そして重い足取りで洗濯機に向かい、やや固く縮まった服の塊を、洗濯籠に放り込む。

適当に干し終え、シャワーを浴びることにした。


シャワーを浴びすっきりしたが、この時間から何か食べることに罪悪感を感じ、再びベッドに向かった。

スマホを起動すると、プレイ途中だったゲームがタイムアウトしていた。

ゲームアプリを閉じ、通知が多数来ていたSNSを起動すると、最初に投稿した画像の「いいね」が50件を超えていた。


そして改めてその画像を眺めてみた。・・・何もない。


パッと見は、よく撮れたように見える。それは間違いない。

しかしそれは、機械が勝手に補正してくれたもので、自分として感じるものが何もない。


いい加減に撮った「あの写真」に比べると、本当に何も感じないのだ。


「いいね…ってなんだろなぁ」


対して「あの写真」は、リアルでも仲の良い友人たちからの6件の「いいね」だけ。

寝ている間に、ハルキとユウマ以外にも、2人からリプライが来ていた。

夜中なので返事はせずに、スマホを閉じる。


部屋の電気を消し、瞼を閉じる。

しかし一度寝てしまった為か、意識は冴えたままだ。


今感じている、何となくモヤモヤした思いについて考えてみた。

確かに大して意識せず「いいね」を貰えると思い、最初の画像をアップしたのだろう。

そして事実、130人近いフォロワー達の中から、50件を超える「いいね」を貰えた。

今まではそれを、手放しで喜んでいたはずだ。

それなのに、今感じているこのモヤモヤは何なのだろうか。


「意味…。写真の?」


実際に呟いたのか、意識の中だけのものなのか、そんな言葉が出た。


「出来の良い写真」は多くの「いいね」を貰えた。

そしてハルキからのリプライもあった。しかし写真に対しての会話の膨らみはなかった。


対して何もないように見える「あの写真」は、数は少ないが、仲の良い友人からだけ「いいね」を貰えた。

さらにハルキ以外の3人からリプライを生んだ。

同郷だからその場所がわかる、ということもあるだろう。

しかしそこに対しての会話の膨らみが、写真の持つ情報量が実は多かったことを物語っている。


どちらが「良い写真」なのか。「良い写真」とは何なのか。


分かっているのは、今の自分にとって「良い写真」はたぶん「あの写真」なのだろう。

何故なら、「出来の良い写真」の50件を超える「いいね」に対して抱いているこの感情は、たぶん「虚しさ」だからだ。


しかもそれは「あの写真」が作ってくれた友人との会話が、懐かしく、そして楽しかったから余計に際立ったのだろう。


しかし、客観的に考えると、この視点で考えることが出来ているきっかけは、2枚の写真があったからでもある。

つまり、どちらも自分にとっては「良い写真」たり得たのか。


「うぅ~。わからん!」


今度は明確に独りごち、睡魔の誘いに徐々に暈け始めた頭に限界を感じ、考えを打ち切ることにした。

深夜の自問自答は、闇の中に光を見ることはなく終了した。


これからも、何かとSNSへの写真のアップはするのだろう。

しかし今回の葛藤が、これから撮るものに、何某かの変化を与えてくれると期待している。


あくまでも期待だが…。

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