凍えた九階

エリー.ファー

凍えた九階

 人を殺すのが好きなわけではない。

 ただ、気が付いたら鉈で人を殺すという手癖が付いていただけである。

 別にこれは私の意思ではない。

 人を殺すのが単純に上手いという事である。

 昨日は四人。

 一昨日は十九人。

 今日は一人。

 殺そうと思っている。

 大体はヒシヌマ大手産業ビルというところで殺人をしている。もう、どの階にも会社はないが、何故か電気だけは通っていて階段やトイレはスイッチを入れれば明るくなる。もちろん、電気が消えている所も数多くあるため中を歩くのはお勧めしない。何となく昼間のうちにものの配置を覚えておかなければ躓くこと間違いなしである。

 ただ。

 私のような連続殺人鬼に追われた結果、このビルに入ってしまった場合はしょうがない。

 というか。

 私がこのビルに逃げ込むように誘導しているのだが。

 今日、殺す予定の人間は女性だった。化粧は薄く、正直美人ではない。どことなく不幸な香りを漂わせているところを見ると、ここで連続殺人鬼に目を付けられてもおかしくない、悲惨な人生を歩んできたに違いない。簡単に死を受け入れてくれるだろう。

 このビルは屋上には鍵がかかっているため、上がれるのは九階までである。

 私は当然のことながら九階に殺す相手を追い込むようにしている。逃げられる場所がなくなってパニック状態になった方が、暴れられても殺しやすすくなるからである。

 おそらく逃げている最中、上に行けば行くほど、血の跡が増えていくことに気が付くだろう。だが、残念なことに下から追いかけてくる私のことが頭にちらついて、引き返すという選択肢が頭に浮かぶことはないだろう。

 九階は血の海だ。

 放置したままの死体も幾つかあるだろう。

 あそこは窓が極端に少ないので、腐臭が充満している。

 そこで、逃げた人間はパニックになりながら自分の心が完全に折れる音を聞くことになる。

 そして。

 凍えているかのように震えだすのだ。

 そのせいか、このあたりの都市伝説でこのビルの九階に行くと死ぬというものがあるらしい。

 その都市伝説の題名は、凍えた九階。

 中々お洒落な名前を付けてもらえて、嬉しい限りである。ちょっと厨二臭いところも良い。

 ただ、まぁ。

 正直なことを言わせてもらえれば。

 頼むからもっと早い段階で心が折れて震えて欲しいとは思う。

 今は効率的であるからこのビルに追い込むし、九階で殺す。ただ、もっと早い段階から、できれば一階で相手の心を折るような工夫を続けていれば、こんなにも階段を上る必要などなかったのに、とも思う。

 殺人は難しいのである。

 さて。

 九階に到着した。

 何体か死体があったので蹴り飛ばしてどかした。後片付けをしなければならないと思っているのに中々手を付けられずにいる。自分の怠け癖にほとほと嫌気がさす。

 部屋は三つあり、そのどの部屋も常に開いた状態になるよう紐を付けている。

 この紐も交換した方が良い。

 近くにあった紐で縛ったので、扉の色と合っていないのである。

 センスがない。

 ダサい。

 見るに堪えない。

 私は黒が好きなので、昼間のうちに黒の紐を持ってきて取り換えるとしよう。

 忘れないようにしなければ。

 一番手前の部屋にはいない。

 次の部屋にもいない。

 最後の部屋には。

 当然いた。

 窓がなく出入り口からしか光が入らない部屋だが、場所は呼吸音で分かった。

 さっさと殺した。

 首を軽く鉈で切り裂き、そこに指を突っ込んで引き千切った。

「よし、殺した。」

 ただ、最近よく考えるのだが。

 何故、凍えた九階、という題名の都市伝説なのだろうか。

 震える九階の方が分かりやすいのではないか。

 目を向けると、部屋の入口の扉の紐が細くなっているのが見えた。そして、次の瞬間、音をたてて切れて扉が閉まった。

 暗闇が満ちてしまって身動きが取れなくなり、私は標的に見つからないようにポスターで隠している電気のスイッチを手探りで見つけて、オンにした。

 光が満ちる。

 私はため息をついてドアノブを触る。

 動かない。

 その時、今までは殺すことに夢中になって気が付かなかった、扉の内側に貼ってある注意書きに目を向けた。

 

 旧式の簡易冷凍室につき中からは開けられません。扉は閉めないでください。

 

 静かなモーター音と共に冷風が徐々に強くなっていく。

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