10歩

「フェリチタ」


背後から声をかけられ振り返ればそこにはシャル兄さんが立っていた。

…声をかけてくるなんて珍しい。

そう思ったけど顔には出さず、代わりに笑顔を浮かべる。



「シャル兄様。どうかされましたか?」

「…魔法の練習をしているらしいな」



ああ、なんだ。そのことかぁ。

あれから何度も庭に走っては魔法の練習をしているんだけど、何故かこの家の噂になっているらしい。

噂にするようなことなんにもないんだけどなぁ~。変なの。

シャル兄さんの質問にきょとんとした顔を思わず浮かべてしまい、ふっと軽く笑われた。むむむ。



「…はやく、こなせるように、なりたくて…」

「そうか。…まあ、その…なんだ」

「?」



珍しく何やら歯切れの悪いシャル兄さんに首を傾げて見つめていると照れ臭そうに「…怪我は、するなよ」とだけ言って去って行った。



「……へ?」



怪我はするなよって言った?シャル兄さんが?

俺のことなんか興味なんてなさそうなのに……心配、してくれたのかな。

あ、いや、でも…もしかしたら怪我なんてしたら家の評判が、とか……あり得る…。

だけど……心配してくれたって思っておこう。


緩む頬を手で押さえていると俺達のやりとりを見ていたジャグが「…シャルル様は、噂を聞いてからフェリチタ様のことを本当にご心配されていましたよ」と教えてくれた。



「…ほんと?」

「ええ、そうアンドレが申しておりました」

「アンドレが?」



アンドレとはシャル兄さんの側にいる…ジャグと同い年の騎士だ。

専属騎士って言ってたっけなぁ。なんかよくわかんないけど、すごい人。

…因みにジャグも本当はすごく強くてすごい人なんだけどね。なんで俺なんかについてるんだろう。



「…えへへ、アンドレがいってたなら、ほんとだね」

「ぐっっ…なんとっ愛らしい…!!」

「アンドレはげんき?…あいたいなぁ…」

「な、何故ですか!?何故アンドレを気にかけ…!?はっもしやフェリチタ様の想い人!?!?そ、そ、そそそそんな事許せません…!!!」

「ジャグはなにいってるの?さいきんあわないから、きいてるだけだよ」



一人で勝手に勘違いして盛り上がるのやめてほしいなぁ。


じとっとした目で見れば顔をポッ赤く染められたのですぐに目を逸らした。

…ジャグってばどうしてこんなに変態さんっぽくなっちゃったのかなぁ。…前はもっと…。

いや、前からこんな感じだったな?



「…そういえばジャグってなんのまほう、つかえるの?」

「私ですか?…土と風、です」

「へぇ~…でもジャグがまほうつかってるの、みたことないなぁ……あ!こんどみせてほしいな!」

「で、ですが…」



何故か戸惑っているジャグに、もしかして俺なんかまずいこと言ったのかなぁと思い慌てて「いやなら、だいじょぶだよ。ごめんね」と謝った。

人が嫌がることは無理強いしちゃだめだよね。

もしかしたら俺が知らないだけでジャグには何かものすごいトラウマがあるのかもしれないし…。

さっきも属性言う時言いたくなさそうだったし…。



「あ、いや…嫌とかでは…」

「…ううん!ほら、もうあっちいこ?きょうもたくさん、ごほんよむの」

「フェリチタ様……申し訳ございません。すぐに参りましょう」

「うん!」



今日はどんな本を読もうかなとるんるんの俺はジャグがどんな顔をしていたのか、全く気づいていなかった。

…いや、気づきたくなかったの方が正しいのかも。

だってなんか怖かったんだもん。


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