第111話、第1回メルティアス会議

「これより第1回メルティアス会議を執り行う」


 居住スペース、大食堂、畑の他に闘技場などの施設を魔力量に物を言わせて突貫工事し一区切りがついた頃。

 全部で4棟ある集合住宅の中央に位置する大広間にて、両親とレルムとノヴァとセルザとルファウスが輪になって座る中、俺は厳かな雰囲気で切り出した。


 今回の議題はノンバード族の魔力血栓問題をどうするか、だ。

 前々からグレイルさんや国王とノンバード族が無能で役立たずなどではないと知らしめるための策、即ち魔力の血栓を抜いて膨大な魔力を解放することについて話し合っていた。

 そのときは俺が1人でなんとかしなきゃと心のどこかで思ってたからか誰かに頼るという発想が1ミリもなかった訳だが、今はこうして頼れる家族もいることだし、甘えてしまおうと相談……もとい、会議を開くことになったのだ。


「個人的には全てのノンバード族の魔力血栓を抜くのに賛成よ。もう人間に怯える生活なんて真っ平御免だもの」


「私もお母さんと同じ意見かな。お荷物種族なんて不名誉なあだ名、さっさと取っ払わなきゃ同族がまた嫌な思いしちゃうもん」


「あれー?でも今はそんなこと言われないよー?」


「それはフィード兄がいるからだよ、レルム兄。偉い称号持ってるフィード兄が防波堤になってるの。もしフィード兄がいなくなったらまた差別されちゃうよ。少なくとも、あたし達以外は」


「でもグレイル爺さんは魔力の血栓を抜くのに反対はしなかったけど、慎重に事を運べって口を酸っぱくして言ってたしなぁ」


「下手すれば内乱の種になるからな。人間だけでなく他の獣人からも手酷く扱われて恨みを持つ者は少なくないだろう。国中で蹂躙ともとれる復讐劇が幕を開けたら冗談抜きで地図から国がひとつ消える」


 なんで王族が家族会議に出席してるのかって?

 ペット枠で捩じ込んだんだよ。

 ちなみに見えないところにレストもいる。言わずと知れたルファウスの護衛としてだ。


 メルティアス家以外のノンバード族の魔力血栓を解放するにあたり、メルティアス家総出で事に当たるのは満場一致で決定事項となったのだが、その手段で頭を悩ませていた。


 アネスタや王都など俺達の主な活動領域ではノンバード族への差別がほとんどなくなっているが、他の地域の実情は知らない。

 賢者と同じ種族だからと触らぬ神に祟りなし精神で差別しなくなったのか、賢者と同じ種族だけど身内じゃないなら何やってもいいだろと変わらず手酷い扱いをしてるのか、その辺の情報が手元にないのだ。

 一応ルファウスが人を使って情報収集してくれたが、王都近辺の街にノンバード族はいないそうで、ノンバード族に賢者がいると知れ渡っていてもそのノンバード族がいないから民衆も反応しようがない。

 どうも街中ではなく人目を忍んだ隠れ里に身を隠す同族が多いらしい。無理もないか。人間には愛玩動物扱いされ、他の獣人にはお荷物種族と嘲られて目を覆いたくなるほど差別の荒波に揉まれているのだ。他種族との接触を絶って自分の殻に閉じ籠っても不思議ではない。


「父さん達の故郷の村も閉鎖的で貧しかったけどわりと能天気なやつが多かったぞ?他もそんな感じなんじゃないか?」


「能天気代表の父さんが言うならそうなのかもね」


 微妙にディスりながら考え込んでいたセルザが「はーい、提案!」と挙手した。


「計算が得意で商売に興味ある子にその隠れ里付近まで行商に行ってもらうのはどう?」


 まずはノンバード族でも魔法が使えることを理解してもらって反応を窺う。復讐に燃える者には思考誘導又は教育的指導して内乱の種にならないようにし、復讐を視野に入れない者には魔力の血栓の存在を明かして同意の上で引っこ抜き、魔法を教える。

 いつまでもメルティアス家が魔力血栓を抜いてたらキリがないので魔力血栓の抜き方も伝授。

 ただし、積極的には行わない。ノンバード族の隠れ里に直接向かうのではなく、あくまで近くの街や村を行商するに留める。

 ノンバード族の行商人というだけで良くも悪くも目立つからな。何らかのアクションは必ずあるだろう。

 いくら隠れ里に住んでいようと、狩りのひとつもできない種族だ。農作物だけで生活なんて到底できないので、少しでも腹の足しにしようと安い肉などを買い付けるために街に出入りしてるはず。それか行商人に頼っているか。かつての我が家みたいに。


「街に出入りしてる同族に上手いことアピールして興味を持ってもらえれば最終的に魔力の血栓を抜けそうだな」


「こっちからガツガツ接触しないで釣り上げるのは良い案じゃないか?」


「あくまで向こうに興味を抱かせて、近付いてきた者にだけ伝授するなら問題ないよね」


「利益も得られるし、各地域の情報も集まるし、不遇な同族も助けられる。まさに一石三鳥!腕が鳴るね!」


 反対の声が上がらなかったのでセルザの案を採用。商売絡みだからなのか本人はヤル気満々だ。


「空間魔法を使える子と組ませた方が効率良く商売できそうだなぁ。フィード兄みたいに転移魔法が使えたら移動も楽になるのに……まぁそれは今後に期待かな。売るのはメルティアス家が関与した魔道具が主で、あとはノンバード族用の家具も取り扱ったらほぼ確実に釣れるよね。それからー……」


 鼻歌を歌いそうな雰囲気で楽しそうに声を弾ませるセルザに和んでいたら、ルファウスが真顔でセルザをじっと見つめた。


「末恐ろしい種族だな……流通をも支配するなんて」


 その言い方だと他の分野で天下取ってるみたいに聞こえるから止めろ。


「流通ならグレイルさんの方が上手だろ」


「全盛期ならばともかく、今は利益は二の次で貧しい村などにボランティアで行くことが主だぞ」


「へぇ、そうなのか。ちょっと意外だけど納得」


「流通の面ではクレッセル商会が一番だが、あまりいい噂を聞かない商会だ。お前が開発した魔道具もクレッセル商会が一部買い占めているし」


 ああ、王都で何度か耳にした商会か。レインが近付かない方がいいって言ってたやつ。

 元々は他国の商会で、獣人王国にまで進出してきたやり手の商会。

 他国の商人も例に漏れず大半が獣人嫌いなのでこの国に足を踏み入れるどころか最悪取引すらしてもらえない。どこの国も基本そんな感じなのに、わざわざこの国に進出してきた変わり種。それがクレッセル商会。


 まぁ、その商会も表沙汰になってないだけで獣人嫌いなんだろう。従業員は全員人間だし。

 利益目的なら評判を落とさないよう努力するだろうけど、いい噂を聞かないってことはこの国への嫌がらせ目的か、はたまた他国の間者か。どちらにせよあまり良くない状況なのだけは分かる。

 なにせ獣人王国で獣人嫌いな他国の商会が幅効かせてるのだから。


「買い占めた魔道具は?」


「拡張収納箱だ。商品の保管と行商に行く際に利用している。売りに出してないのでその魔道具だけ独占状態だな」


「……この国大丈夫か?色んな意味で」


「言ってくれるな。最強国家と名高くともそれは武力のみの話。それ以外は他国の商会に好き勝手されている現状からお察しだ」


 聞けば聞くほどこの国の現状が思わしくない事実になんとも言えない気持ちになる。

 武力一辺倒の国だとしてももうちょっとなんとかならなかったのか。

 そんな俺の微妙な顔に気付いたルファウスは同じく微妙な顔で告げた。


「商会長が公爵家の者なんだ。それも王位継承権のある」


「うわぁ……」


 それ滅茶苦茶厄介な案件じゃねぇか。

 道理でレインが粛清しなかった訳だよ。


「順位は低いが、それでも王位継承権を持つ公爵家の者が相手だからな。こちらも下手を打てない。向こうもそれを分かってて好き勝手動いている。証拠も握り潰しているから始末に終えん」


 ため息混じりにそう吐き捨てて眉間のシワを解すルファウス。なんと声をかけようか迷っていると、俺とルファウスを除いて和気藹々と話し合う家族を一瞥して黒い笑みを浮かべた。


「そんな訳だ。思う存分流通を支配してくれ」


「いやどんな訳だよ」


 さっき末恐ろしいとか言ってなかった?


「悪意ある他国の商会に国を乗っ取られるより、常識はなくとも多少の良識ある同じ獣人に乗っ取られた方が幾分かマシだ」


「乗っ取らねぇよ!」


 お前はうちの家族をなんだと思ってんの??


 乗っ取り云々はさておき、このまま他国の商会をのさばらせる訳にはいかないのも事実。だが今の俺達では太刀打ちできない。力業でならどうとでもなるが、相手の地位を考えるとそれは悪手。

 ならばどうするか。

 答えは相手と同等の権力を持ち、この国での地位を上げたうえで相手の商会を国から追い出す策を立てる。

 たとえ証拠があろうと地位がない者が何を言っても握り潰されるだけ。なら簡単には握り潰せないほどの地位を築けばいい。


 レインは常々言っていた。現状を打破するためにはノンバード族の地位を上げなければ、と。

 それはノンバード族の現状を憂いただけでなく、こういった他の事情も加味した結論だったのかもしれないな。


 パァンッと魔法で音を出して注目を集める。


「皆、聞いてくれ。ノンバード族だけではなく、他の種族も魔力の血栓を抜いてほしい」


 俺の提案に面食らった一同。しかし意外にも反対されなかった。


「よその国の悪い商会を追い出すのに必要なんだね?」


 真剣な顔のセルザ。今のを聞いてたらしい。

 声を潜めるでもなく普通に会話してりゃ聞こえるか。


「そうだ。ノンバード族の地位を上げるのも重要だが、他国に手を出させないためにはエルヴィン王国の基盤を整える必要がある。それはノンバード族だけが突出していればいいって訳でもない」


「了解!あたしの方でも考えておくよ!」


 察しのいい妹に助かりつつも、なんか段々腹立ってきた。

 なんで獣人ってだけでここまで不利な状況に追い込まれなきゃいけないんだ。ふざけんなよ。


 ふふふ……決めた。地位なんて面倒ばかりだからと嫌煙していたが、こうなったらやけくそだ。

 ノンバード族のために、ひいてはエルヴィン王国のために、一肌脱いでやろう。

 俺の優雅な研究ライフに水を差す可能性がある以上放ってはおけないしな。


 たかだか種族の違いごときで喚く矮小な奴らめ。今に見てろよ。絶対後悔させてやるからな。



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