第100話、ヒヨコの魔法講座

「フィード先生、全員揃いましたわ」


 魔導師棟の中に入ると、魔導師団長のアイリーンさんが待ってましたとばかりに出迎えてくれた。

 その後ろには副団長含めた宮廷魔導師がずらりと……


「あれ?宮廷魔導師ってこんなに多かったっけ……?」


 前に鍛練場で指導した人数の倍近くいるんだけど。


「以前鍛練場でお世話になった者達は戦闘力を重視した魔導師だけでしたから」


 宮廷魔導師団に求められるのは戦闘力だけではない。防御力や隠密系、その他諸々の能力も必要だ。

 戦闘に関与しない魔導師はそれぞれの得意分野を生かした仕事に従事していたり魔導師棟に籠って魔法や魔道具の開発に着手したりしているのだそうだ。


 アイリーンさんが目線をずらして俺が連れてきた面々を見る。


「そちらが噂のスライムちゃんと、フィード先生の弟さん達ね?フィード先生ほどではないけど、すごい魔力量ね……」


「ノンバード族は基本こんな感じなんでお構い無く」


 そんなに魔力多くて羨ましいと言いたげな眼差しを送りつつも本日の目的を遂行すべく壇上に立つアイリーンさん。俺もそれに続く。ブルーと弟達は壇上前に広がる座席の最前列に座る。


「えー……では全員揃ったので講義を始めたいと思います」


 アイリーンさんの一声で全員表情を引き締めて聞く体勢に。


 こうして俺と魔導師団長による魔法講座が始まった。


 実はこれ、前々からアイリーンさんと企画していたのだ。

 この世界の魔法知識と俺が元いた世界の魔法知識を擦り合わせて互いに勉強しましょうって名目で、この世界の魔法に疎い俺とよその世界の魔法に興味があるアイリーンさんの利害が一致した結果である。


 ついでとばかりに、最近熱心に魔法を勉強しているブルーも誘ったら跳ねまくって喜んだ。

 弟妹達にも声をかけたら、興味があるからとレインもついてきた。そして驚いたことにレルムも一緒だ。


 あの勉強嫌いなレルムが……どういう心境の変化だろう?と不思議に思っていたら、以前クイーンアントと戦ったときに魔法が効かなかったことに思うところがあったようで、魔法……というより戦闘に関する事柄だけは真面目に勉強する気になったらしい。

 それはそれで別の意味で不安だが……まぁ何にせよ勉強する気になってくれてお兄ちゃん嬉しい。


 妹達も誘ったのだが、セルザは商人の会合で顔繋ぎ、ノヴァはアネスタから来た魔道具職人仲間と工房巡りするからって断られた。


 いつものごとくルファウスとレストが傍らに佇んでいる中、講義は粛々と進行した。


 まずは基本のおさらい。

 魔法には属性があり、火・水・土・風・雷・光・闇・無の8つ。

 水の派生で霧や氷属性、風の派生で音属性など細かいものもあるが、基本的にこの8つの属性に大きく分類される。

 魔法が使える者は使用可能属性が生まれつき決まっており、1~3属性使えるのが一般的だ。


 と、ここでレインからの質問が。


「はい兄さん。僕達家族は全員全属性使えるけど、どうしてなのかな?」


 レインの純粋な問いかけにざわつく魔導師達。まぁ当然の反応だわな。

 俺達メルティアス家の総人口が3桁突破してるのは周知の事実。そんな脅威的な人数を誇る我が家の身内全員が全属性の魔法を使えるとか、控えめに言っても異常だ。


「生まれつき血栓で魔力を封じられていた者は多くの属性が使える傾向にある。お前達はそれが顕著に現れているな。メルティアス家が特殊なのか、種族が特殊なのかは分からんが……」


 これから徐々に検証する予定なので、そのうちはっきり分かってくるだろう。


「何百ものヒヨコが……全属性持ち……」


「はははっ……賢者量産一家かな?」


 壊れたように笑う魔導師をよそに講義続行。


 然程珍しくない属性は火・水・土・風の4つ。雷属性はちょっと珍しいけど探せばそれなりにという感じで、光と闇はかなりレア。大きな街に1人いるかな?ってくらい。


 魔法を使える使えないに関わらず、無属性は誰でも持っているのはどの世界でも共通だ。

 身体強化や治癒、空間系や付与魔法も無属性に分類されるのだが、ここで早速常識の齟齬が発生。


「あの……付与魔法ってなんですか?」


 数名の魔導師が手を挙げ、アイリーンさんが一番手前の魔導師に発言を許可すれば、そんな質問が飛び出てきた。


 付与魔法とは、対象物に特定の魔法術式を付与する魔法だ。

 特定の魔法術式を付与すれば、適正のない属性の魔法を使うことができる。例えば水属性の魔導師が火属性魔法の術式を付与した物を使えば火属性魔法を行使できる、といった具合に。


 前世では付与した魔法に必要な分の魔力を注がないと発動しない仕組みだったが、ちょっと手を加えて少量の魔力でも発動できる仕組みに改良した。

 国のお偉いさんが戦争目的に量産しろと圧力を掛けてきたのが鬱陶しくて、同時期に編み出した手頃に使える超広範囲魔法を威嚇目的に試し撃ちしてうっかり国を滅ぼしそうになったのも今となってはいい思い出だ。


「うっかりで国滅ぼせちゃうのか……」


「やっぱり賢者は恐ろしい存在なんだな……」


 なんだか心の距離が開いた気がするが気のせいだろうか。


「フィード。その付与魔法はあまり大っぴらに明かすなよ?下手したら戦争に繋がる」


「分かってる。使うとしても改良前の付与魔法だ」


 釘を刺すルファウスに頷く。前世と同じ轍は踏まないぞ。


 アイリーンさんが「術式が付与された道具……それがあれば使ったことがない魔法も使えるのね!」とハァハァしている。

 この様子だとあとで付与魔法を教えてくれと懇願されるに違いない。


 前世の魔法知識を粗方説明し終えると、入れ替わるようにアイリーンさんが前に出た。


「フィード先生、ありがとうございます。とても勉強になりましたわ。さて、ではここからは私が」


 終始真面目に講義を聞いているブルーの隣に座り、いつでもどうぞと目線で促す。アイリーンさんは了解の意をこめて頷いた。


「この世界には、属性魔法に分類されない魔法が存在します。それが眼力魔法です」


「眼力魔法?」


 俺達兄弟とブルーは揃って首を傾げる。

 その反応も想定内だとばかりに続けて説明し始めた。


「眼力魔法とは、目から放つ特殊な魔法です。一部の地域や他国では異能とも言われています。メジャーなのはあらゆる物を鑑定できる鑑定眼で、割とよく発現する能力です。あとは魔力を視ることができる魔力眼や善悪が明確に分かる心理眼など、能力は多岐に渡ります。そういった能力者は眼力使いと呼ばれています」


「どうすれば眼力魔法を使えるようになるんですか?」


「能力の発現方法は明確には分かっておりません。生まれつきだったり、ある日突然能力が開花したり、あとは事故に遭ったら能力を手に入れたなどの話もありますね。しかも能力者には何一つ共通点が見当たらず、能力は遺伝しない。この世界最大の謎なのです」


 ふぅむ……確かに謎だな。

 能力が発現するのも発現する能力も全てが運次第。しかも遺伝しないときた。

 これまでも研究機関が調べていたが、今アイリーンさんが言った以上のことは分からず終い。最近では神が気まぐれに能力を授けてる説が濃厚になっているらしく、研究機関もお手上げ状態とのこと。


 あわよくば使ってみたいなぁと思ったが、授かるかどうかも分からない異能なら使える可能性は限りなく低いな。

 でも眼力魔法自体に興味はあるので時間のあるときに調べてみようか。



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