第96話、これにて一件落着

 レルム達と別れ、国王と共に貴賓室に足を運ぶ俺達。

 俺達というのは俺と俺の護衛兼監視役のルファウス、ルファウスの専属護衛のレストだ。


 貴賓室に到着するまでの間、先程とは打って変わって威厳を醸し出して悠然と歩く国王陛下にちょっと笑いそうになった。見事なまでに親バカ発揮したときとの落差が凄い。

 今更そんな厳格そうな顔をつくられても、あぁ頑張って威厳のある王様の演技してるんだなぁと思えてならない。

 ルファウスはその豹変ぶりが面白いのか無表情ながらも目の奥が笑ってるし、国王がいるからか大人しくしているレストもいつものことだと言わんばかりの顔だ。


 陛下と共に貴賓室に入ると、そこにはケイオス宰相が待ち構えていた。何故かその顔はげっそりしている。


「陛下。勢い余って扉を破壊するのは止めて下さいと常々申していますよね?」


 どこか疲れたように言うケイオス宰相。その表情と言葉で日頃の行いが窺える。……お疲れ様です。


「建て付けが悪かったんだ」


「そうですか。7日前も同じ扉を破壊してるんですがね。侍従が手を抜くとも思えませんし、全くもって不思議ですなぁ」


 すっとぼけた国王をケイオス宰相が嫌味混じりに言及する。

 自分は何も知りませんといった態度でわざとらしく明後日の方を向く国王にやれやれと諦めたようにため息をつくケイオス宰相。

 だが気持ちを切り替えて俺とルファウスに座るよう促した。レストは壁際に控える。


 陛下を矯正するのを断念したケイオス宰相にやや同情しつつ、目線を合わせるためにクッションを敷いてそこに座り、さっそく本題を切り出した。


「親書と、俺宛の手紙がきたとのことですが……」


「ああ。親書の方は、賢者が現れたことへの祝いだ。まぁそれは表向きで、本命は国への謝罪だな」


 差程仲がよくない両国の関係が悪化するどころか戦争に発展しかねない大問題が起こったことなど民衆は知らない。なので馬鹿正直に謝罪文を送りつける訳にもいかず理由をでっち上げたと。

 俺自身全く自覚はないが、賢者というのは本来世界を繁栄に導く存在だ。大昔の賢者が原因でどれほど畏怖を植え付けられようともそこは変わらない。スケープゴートにぴったりだな。


 で、今回の件を賢者出現の祝いと見せかけた謝罪文だけで済ませるはずもなく、ファラダス側の金脈を僅かばかり譲ってくれるらしい。

 具体的に言えば、鉱山だ。

 ヴェネット伯爵領内の北には鉱山があり、そこから採掘できる鉱石や宝石を全てエルヴィン王国に献上するとのことだ。


 くだんの黒幕のヴェネット伯爵は処刑された。

 本来の罪状を公にする訳にもいかず、国家反逆罪ということになっている。なので当然お家取り潰し。ヴェネット伯爵の血縁者は何らかの処罰が下されたとのこと。


 伯爵の後釜に領地経営を任されたのはファラダス王の息がかかった貴族で、表面上は何事にも中立を貫いているが、その実獣人に対しても友好的な数少ない獣人擁護派である。

 金脈を削られても領地経営に差程問題を出さないくらいには優秀な人材で、早くも領民からの支持を得ているそうな。

 まぁ経済の要である魔物がいないままだからそれも微々たるものだけど。


 そして驚いたことに、反獣人過激派の有力貴族を筆頭に次々と悪事を働いていた連中が公の場で断罪され、ファラダス国内はちょっとした騒ぎになっていた。

 これには陛下もケイオス宰相も予想外だったようだ。


「これを機に使い道のない面倒な輩を粛清する算段か。あの老王、やりよるな」


「しかも我が国に害が及ばぬよう色々と根回し済みです。反獣人過激派筆頭の第二王子が病死したのもファラダス王が一枚噛んでいるとの噂があり、以来、煩く囀ずっていた貴族も最近はめっきり大人しいようで。温厚で慎重なだけではないと思ってましたが、まさか一気に勝負に出るとは」


「下が阿呆でも上はそうでないのはこちらとしても喜ばしいことだ。ファラダス王としても今回の件は不本意だったろうし、しばらくは余計な手出しができぬよう目を光らせるだろうな」


「しかも元ヴェネット伯爵領の近隣の領地もファラダス王の息のかかった者に鞍替えするとほのめかす文面ですぞ。我が国と事を構えるつもりはないとの意思表示なのは一目瞭然。あちらも相当必死なご様子ですな」


 まぁ、世界トップクラスの軍事国家にケンカ売る貿易国とか洒落になんないもんな。そら必死にもなるわ。


 あと数年で廃坑になる予定の鉱山だが、それなりの利益になるので国としても受け取らない手はない。

 国同士のいざこざはこれで手打ちにしてやる、とは陛下の言葉。

 向こうも誠心誠意謝ってることだし、ファラダス王が色々気遣ってくれてるのが分かったし、これ以上追い詰める必要はないと判断したらしい。


 で、残るは俺の個人的な報復の後始末な訳だが。


「一応中身は確認したが、フィード殿が不利益を被るような内容ではなかったのでな。それともうひとつ」


 立派な紋章が刻まれた手紙を俺に渡すケイオス宰相と、側に控えていた侍従数名に合図を送る陛下。

 手紙を読むより先にこちらを処理しろと言わんばかりに、侍従達によって大量の物資が次々と運ばれてきた。

 大人サイズのノンバード族の背丈ぐらいはありそう。それくらい荷物が堆く積み上がっている。


 俺は小さな両翼で手紙を握りしめたままぽかんと呆気に取られた。

 何これ。


「フィード殿が欲しがっていた物だ」


「俺が欲しい物……?」


 どっちかと言えばそんなに物欲はない方だが、いったい何が入ってるのか皆目見当がつかない。

 なのでとりあえず中身を確認してみることに。


 手紙をテーブルの上に置いてぴょんっと飛び降り、手近にあった箱を持ち上げてみる。否、持ち上げようとしたが重くて持ち上がらなかった。辞書か何か入ってんの?


 仕方ないので包装を剥がしていくが……どんだけ時間かかるんだこれ。

 見かねた陛下が侍従に荷物の包装を剥がすよう指示する。俺一匹だと確実に時間がかかったであろう数々の荷物の包装を素早く丁寧に剥がしてくれた。助かります。


 持ち上げようとして断念した箱をぱかっと開くと、そこには分厚い本が。タイトルは『フェイドス魔物図鑑』。


「これ……!この世界に生息している魔物が全て載っているのか!?」


 思わず興奮して図鑑に飛び付く。

 パラパラと捲っていくと、様々な魔物の特徴や生態、取れる素材などがイラストつきで描かれていた。

 おお、生息地も詳しく書かれてる!これがあれば素材を探す手間が幾分か省けるな!

 もしやと思い他の箱も開けてみると、植物図鑑や鉱石図鑑など研究に有用な素材の図鑑がずらりと並んだ。

 素晴らしい!これらがあれば研究が捗るぞ!


 素敵な図鑑シリーズをうっとり眺めていた俺だが、まだまだ沢山ある荷物の山をふと見上げる。

 さすがに全部が図鑑って訳でもないだろうし、他は何が入ってるんだろう。

 うきうきわくわく、次の箱を開ける。

 そこに入っていたのは、前世では見慣れていたが今世ではまだお目にかかれていないものだった。


「ユニコーンの角ぉーーーー!!」


 念願の素材を前に、がばっ!と抱きついてしまった。


「これはバイコーンの角!こっちはフェアリーローズの花弁!ウィンドドラゴンの鱗まである!これはブラックタイガーの牙と毛皮だな!稀少な虹水晶に音雫、時の砂に魔封じの貝殻まである!素材がいっぱいだ!」


 目をキラキラと輝かせて素材の山に埋もれる俺。

 ここにあるのは全てエルヴィン王国にはない素材だ。他国にあるのでどうやって採取に行こうかと頭を悩ませていたのに、まさかこんな形で入手できるなんて!

 欲を言えば傷んでるものもあるから保存環境を整えて丁寧に管理してほしかったが、多少の傷はあってもちゃんと使えるからもうなんだっていいや。


「ひゃっほーう!素材天国だぁーーーー!!」


 外見年齢相応にはしゃいでいる俺を微笑ましげに眺めている侍従の人達なんぞ知らん。

 素材を抱き締めて頬擦りする俺を見てめんどくさそうにため息をつくルファウスなんぞ知らん。

 気配を殺して必死に表情筋が崩壊するのを堪えているレストなんぞ知らん。

 陛下とケイオス宰相が呆気にとられているのなんぞ、知らん!


「……実に生き生きとしているな」


「……殿下の報告にあった通りですな」


「だろ?素材が絡むとポンコツになるんだ。元に戻すには……」


 ゴッッ!!


 ルファウス渾身のウサキックが炸裂。ちみっこい俺の身体はいとも簡単に吹っ飛び、壁にバウンドする。


「……はっ!?しまった、また我を忘れていた……」


「よし。衝撃を与えれば正気に戻るっぽいな」


「ちょおおお!?賢者相手に何やってんだお前!?」


「よし、じゃないでしょう殿下!こんな愛らしいヒヨコに暴力を振るうなんて!」


「気になさらないで下さい陛下、ケイオス宰相。ありがとなルファウス。大事な話し合いの最中に素材に夢中になっていた俺の正気を取り戻してくれて」


「ペットの務めを果たしたまでだ」


「「ペット!!??」」


 ペットってどういうこと?お前いつの間に最恐一家のペット枠に入ってたの?そんなん報告になかったんですけど??という疑問と驚愕がない交ぜになった顔でルファウスを凝視する2人。

 レストは1人表情筋と腹筋を鍛えている。


 また我を忘れてしまう可能性がなきにしもあらず、まだ開封してないものも含めて全ての荷物を収納魔法に入れる。あとでじっくり検分しよう、と心に誓いながら。


「あー、んん、ファラダス王からフィード殿への贈り物はそれで全部だ。フィード殿の存在を公にしてまだそう日が経っていないのに、よく情報を集めたものだ」


 喉元に小骨が刺さったような顔でルファウスを見ていた陛下だが咳払いして頭を振り、脱線した話を元に戻す。まだ何か物言いたげな様子だけどとりあえず横に置いておいたようだ。


 大量の贈り物は詫びの品で間違いないだろう。

 再び椅子に飛び乗って手紙を読んでみると、俺の予想そのままの内容だった。

 上流階級特有の小難しい言い回しだが……要約すると、うちの者がおたくに迷惑かけてすみません、お詫びの品をたんまり用意したので魔物避けの魔道具を撤去して下さいお願いします、それと再度魔道具を販売してくれたら必ず大きな利益を生み出してみせます、という感じだな。


「どうするフィード?さすがにもう許してやったらどうだ?」


 珍しくルファウスが口を挟む。

 臣下がアホやらかしたせいで可哀想なことになっているファラダス王を気遣う素振り。その気遣いを目の前の陛下と宰相にも分けてやったらいいのに。


「そうだな……少なくともファラダス王が生きているうちは向こうも下手なことしないだろうし、元凶もいなくなったしな。ここまでにしといてやるか」


 俺の返答にどこか安堵の空気が流れる。どうにか矛を納めてくれてよかったと言いたげな雰囲気。

 俺だってそんないつまでも怒るほど粘着質じゃないからな。


 魔物避けの方はまたアネスタの冒険者ギルドマスターにお願いしてファラダスに行ってもらえばいいし、他国への販売は商業ギルドで手続きを済ませればよし。

 そのふたつが終われば晴れて両国に元の日常が戻ってくる訳だ。


「一件落着、だな。フィード殿、それにルファウスも、こんな時間に付き合ってもらってすまない。フィード殿に渡す土地の話はまた今度、そちらの都合のいいときに」


「その口振りだともう決まってるのでは?」


「ああ。だが、未開封の素材が気になって仕方ないって顔してるぞ」


 そ、そんなに分かりやすいですかね……


 陛下のご厚意に甘えて今日のところはこれで解散。ルファウスとレストと共に部屋へと戻る。

 道中レストが思い出し笑いで爆笑していたが、最早頭の中は素材一色。


 諸々の問題が片付いた解放感も相まって、テンションが爆上がりした俺は、夜通し稀少素材に囲まれて奇声を上げる傍迷惑な変人になってしまったのでした。


 関係各所から苦情がきたのは言うまでもない。


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