第95話、報告会と乱入者

「あ、兄さん。僕来年から学園に行く」


「んぐっ」


 鍛練場の見学に行ったその日の夜。

 王宮の豪華な晩餐を楽しんでいたとき、ふと思い出したようにレインが口にした話題に危うく吹き出しかけた。

 あまりにも唐突だったのでびっくりした。


「あー……レイン。学園に通えるのは7歳からだぞ?ここに来る途中、お前もそう言ってただろう」


「うん、本来ならそうだね。でもケイオス宰相が来年度から年齢規制を改めるから是非学園への入学を検討してほしいって」


 学園とは王立エルヴィレム学園のことだ。様々な専門科目が存在していて、卒業後の就職率が9割を越えるとのことで、受験者が毎年殺到しているらしいと噂のあの学園のことだ。

 そんな名誉ある教育機関への入学を望まれるなんてな。お兄ちゃん鼻が高いぞ。


 でも、なんでわざわざ年齢規制を解除してまで強く推されるんだ?レインが望んでいることだし、あとほんの2年待てば、どのみち入学するだろうに。


「へぇ、凄いじゃないか。ケイオスが気に入るやつなんて滅多にいないぞ」


 素直に感心するルファウスに、心なしかちょっとドヤ顔のレイン。可愛い。


「今日ケイオス宰相とお茶会したんだけど、そのときに文官になる気はないかって誘われてね。文官になるには学園の文官科卒業資格が必須らしくて。前々から興味あったし、受けようと思う」


「学費は?兄ちゃんが出してやろうか?」


「ううん、それには及ばないよ。王都の犯罪者とか他国の間者の居所リストと物的証拠をケイオス宰相に渡したら結構稼げたから」


 お前ほとんど王宮から出てないよな?というか王都に到着してまだ日が浅いのに、なんでそんな情報掴んでんの?


「レインったら凄いねー。文官とか、私だったら絶対無理!」


「ノヴァ姉さんは魔道具作りに一直線だもんね。そういえばノヴァ姉さんは何か目標とかあるの?」


「よくぞ聞いてくれた!私の目標はねー、芸術的な魔道具を作ることだよ!」


 今度はノヴァが自信たっぷりに宣言した。


 芸術的な魔道具か。そういや、この国では実用的な魔道具は結構あるけど芸術的なのはそこまで流通してないな。

 人間の国ではそれなりにあるらしいけど……軍事国家であるエルヴィン王国では必要性がほぼないから出回らないのだろうか。


「色んな魔道具店を梯子したんだけど、なんでか実用面重視な魔道具ばっかりなんだよねー。そこで思いきって調査してみたところ、過去にあちこちの国から戦争を仕掛けられたせいで芸術方面を磨く余裕がなかったらしいの。これでも昔よりは出回ってるみたいだけど、なんだか寂しい気がして……」


「そっかぁ。それでノヴァ姉は芸術的な魔道具を作るって決めたんだね。言われてみればフィード兄もあんまりそっち方面の魔道具は作らないね」


 確かに作ってないな。前世では新しく開発した術式を試しに付与したり面白そうな素材の組み合わせで遊んでみたりして芸術路線に走ったこともあったのだけど。


「でも、この国はあまり芸術に関心を示さない人が多いぞ。せっかく作っても、売れなきゃ宝の持ち腐れだ」


「そこは大丈夫!ちゃんと実用性も考慮したものを作るつもりだから!」


 それなら売れる可能性もあるか。ノヴァがどんな魔道具を作るのか楽しみだ。


「ノヴァ姉が魔道具作るなら、あたしはそれを売る!」


「セルザ、それは商人になりたいってことか?」


「んー……商人になる気はなかったけど、家族の夢を後押しできる立場がほしいなって思って。ノヴァ姉だけじゃなくて、フィード兄も含めてね」


 ん?俺も?と首を傾げる俺に視線を滑らせてセルザは続けて言う。


「商会立ち上げるつもりだったでしょ。あたし達の種族はどこも雇ってくれないから自力で稼ぐしかないって。そのために商会を立ち上げるんだって」


「ああ、グレイルさんから聞いたのか」


 賢者の称号が功を奏して今のところ委託販売だけでどうにかなってるが、いずれ商会を立ち上げるつもりなのには変わりない。

 だが、何故今そんな話を……


「その役目、あたしが代わりにやる。だからフィード兄は自分のやりたいことやっていいよ」


「……!セルザ……」


 お兄ちゃん達のためにそこまでしてくれるとは、なんて優しい妹なんだ……!


「フィード兄とノヴァ姉が作る魔道具はどれも売れ筋商品だからね。ふたりには商売よりも新商品開発に心血を注いでくれたほうががっぽり稼げそう。ふふふふ……今から金貨を数えるのが楽しみだなぁ」


 前言撤回。ただの守銭奴だった。


「……レルムは何か目標とかないのか?」


 うちの子達なんだか日に日に逞しくなっていくなぁとちょっとばかし遠い目になりつつ、気になったので問いかけてみた。

 会話に混ざらずひたすら口をもごもご動かして幸せそうな顔で食事を堪能していたレルムが口の中のものをごくんと飲み下した。


「んっとねー、1年以内に冒険者ランクをBまで上げる!」


「Aランクじゃなくて?」


「Cから上がるときは昇格試験があって、Bランク試験は単純な戦闘力を示すものだけど、Aランク試験は一般教養と魔物に関する知識のペーパーテストなんだよねー」


 つまりは勉強したくない病、と。


「少しは努力してみたらどうだ?」


「にいに。人間にはできることとできないことがあるんだよ」


「悟りを開いた目で語るな!というかお前人間じゃないだろうが!」


 諦めるのが早すぎる。勉強は兄ちゃんが教えてやるから、どうせなら上を目指してほしい。


「ふにゃぁ~、皆立派だにゃ~。アタシだったら考えられないにゃ」


 一足早く食べ終わったセレーナが食後の果実水を飲んで一息ついたところで会話に割り込んでくる。


「セレーナは?ランク上げようとは思わないのか?」


「アタシ依頼は受けてないにゃ。掲示板見て強そうな魔物がどこら辺にいるか確認したりはするけど、それだけにゃ」


「俺とほぼ一緒か」


 ランクは依頼を受注することで発生する。逆に言えば依頼を受注しない限りランクは発生せず、一般市民のままだ。

 ステータスカードは身分証でもあるから、無理に冒険者にならずとも良い訳だ。


 俺もセレーナもランクとか正直どうでもいいしな。冒険者になったところで大したメリットもないし。

 実力を誇示するって意味では有用だけど。


「ルファウスー!私も混ぜてくれー!」


 そうやってのんびり雑談しながら食事を終えたところで、何者かが乱入してきた。


 いきなりバキィッと扉がぶち破られたと思ったら光の速さでルファウスに抱き着く人影。


「父上、鬱陶しいです。それともう食べ終わりました」


 冷ややかな眼差しで自身に回された腕をぞんざいに振り払うルファウス。

 乱入者は国王陛下だった。


 いきなり現れた国一番の権力者に固まるレルム達。我関せずと欠伸を溢すセレーナ。気配を消して壁際に控えていたが、愉快そうに目を細めるレスト。


 謁見したときと違ってめっちゃフレンドリーなんですけど。

 あれかな?国の重鎮に見られていないところではこんな感じになっちゃうのかな?


 あと、なんで扉をぶち破った?粛々と手慣れたふうに壊れた扉を直す使用人の哀愁漂う背中から日常茶飯事であることが窺える。常識人と見せかけてそうじゃない気配がひしひしと。


「なんだ、もう食べ終わったのか。久しぶりに可愛い息子と食事を楽しみたかったのに」


「他を当たって下さい。というより、私に構わないで下さい。何度も言いますが鬱陶しいです」


「そんな冷たいこと言わないでくれよぉ!ほら、遠慮せずお父様の胸に飛び込んでおいで!」


「だそうだ、フィード」


「いや俺に振るなよ」


 国王の息子はお前だろ。なんで赤の他人が国王の胸に飛び込むんだおかしいわ。


 息子に冷たくあしらわれて意気消沈していた国王だが、閃いた!とばかりにパチンっと指を鳴らした。


「じゃあもういっそ王家と一緒に食事をとれば……!」


「この子達が緊張のあまり食事が喉を通らなくなるので遠慮します、と申し上げたはずですが?」


 速攻拒否するルファウス。顔を両手で覆ってしくしく涙を流す国王。

 その通りです。すみません。王族と一緒に食事とか、平民には荷が重いです。


「それで?」


「相変わらず息子が冷たい……そ、それでって?」


「用件があって来たんでしょう?」


「ああ、そうだった」


 目尻に浮かぶ涙を指で拭ってどうにか立ち直ると、ルファウスから俺へと視線を移した。


「あちらから親書が届いた。フィード殿宛ての手紙も預かっている。申し訳ないが少し付き合ってもらえぬだろうか」


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