第94話、宰相ケイオスの心労
私はフィルトゥレート公爵家現当主、ケイオス・フォン・フィルトゥレートと申します。
空の番人と呼ばれる鷹の獣人で、鋭い嘴と立派な爪が密かな自慢です。
有り難いことに宰相の地位を賜っており、国主の右腕と称される立場に就いてから早数十年。私なりに誠心誠意務めを果たして参りました。
現国王のお父上、つまりは先代国王とは親友の間柄です。若い頃はよくお忍びで城下町に遊びに行ったり鍛練場に乗り込んだりして周囲を困らせていましたね。
年月を経て私は丸くなりましたが、彼は全くちっともお変わりありません。ご子息様にさっさと玉座をお渡しした後は余生を謳歌しておいでです。
私が胃薬片手に政務に勤しむ中、王都の屋敷に突撃訪問されることもしばしばあり、自慢の鋭い嘴で突っついてやろうかと何度殺意を抱いたことやら。親友だからといって何をやっても許されると思わないでほしいですね。
ちなみに現国王陛下はそんな破天荒の星の元に生まれた先代の血をそりゃあもう色濃く受け継いでいます。そのせいで少々厳しくしてしまいますが、愛情の裏返しなのです。
その国王陛下ですが、只今頭を抱えております。傍らに控える私も、同じく頭を抱えております。
スタンピードの予知や賢者の出現など、国の存亡に関わる問題が続出しているからです。
スタンピード。それは即ち魔物の軍勢が押し寄せ、時には一国をも滅ぼす脅威。
賢者。それは即ち世界を繁栄させるも滅亡させるも自由な、世界の地雷。
どうしてこう我が国に集中砲火するのでしょうか。天罰か何かですかね?唯我独尊で自由奔放、はっちゃけすぎる我が国の王族へのお仕置きですかね?そうだとしたら随分と物騒すぎるお仕置きですね。ありがとうございます。効果は抜群です。
……はぁ、駄目ですね。立て続けに起こった問題のせいで私まで頭がおかしくなっています。胃薬のみならず頭痛薬も必要なようです。
しかし天は我らに味方してくれました。
賢者の方は対策の取りようがないので諦める他ありませんが、スタンピードの方は解決しました。
というのも、スタンピードの原因とおぼしきものを賢者が取り除いてくれたとのことです。はじめはただ単純に魔物を殲滅したのだとばかり思っていたのですが、報告書を読み進めていくと少しばかり違うことが判明しました。
いやはや驚きましたね。特殊な魔道具によって人為的にスタンピードを引き起こすなんて考えられませんでしたよ。
しかもどうやら隣国ファラダスが関与している模様。あまり穏やかとは言えませんね。これは下手すると両国の対立に繋がる恐れがあります。
知っての通り、我が国の軍事力は世界でもトップクラスです。広大な土地を有し、我が国よりも多くの兵を抱えているリンドネル帝国よりも遥かに上です。断言できます。ひとたび戦争すれば、勝つのは我が国でしょう。
ですが、我が国は争いを好みません。なのでおそらく別の形で制裁を与えることになるでしょう。
もっとも、我々が動くより先に先手を打った者がいますけどね。いえ、正確に言うとあちらが先に動いて下さらないとこちらも動くに動けなかったといいますか。
なにせ、隣国ファラダスが例の魔道具を埋め込んだのは賢者が滞在する辺境の街。のちにその魔道具が森の中でも発見されたそうですが、どちらも賢者の活動領域です。しかも最初に発見されたのは賢者が購入した家のすぐ近く。アントの大群を殲滅したところ発見したそうですが、賢者に喧嘩を売ったとしか思えぬ蛮行です。
賢者側が何もしないとは思えず、あちらの出方を窺っていたのですが……なるほど、経済制裁ときましたか。
自身の製作した魔道具を他国に販売しない。一見己の利益を無駄に削る愚かな行為としか思えませんが、その実、お手頃な値段で購入できる画期的な魔道具の流通をストップさせることで周辺国から隣国ファラダスが突き上げをくらうように仕向けています。その称号の通り、知恵の回る賢い者のようですね。
……などと感心していたら、またもや爆弾案件が豪速球で叩き付けられました。
賢者を王宮に招くことになったのです。
それだけ聞くと自ら地雷を踏み抜いているように思えますが、賢者から送られてきた手紙に目を通すと、王宮から招待されるように仕向けていることが分かります。十中八九、隣国の件で話し合いをするためでしょう。
なんの連絡もなく賢者自ら乗り込んで来れば混乱したでしょうが、王宮が招待したとなればそうはなりません。そこら辺も配慮して下さったようです。
まぁ、どちらにせよ賢者と接触することになったでしょうけどね。諸々の報酬を渡すために。
国が滅亡しかねない案件を片付けてもらったのに報酬なしというのはありえませんからね。国の沽券にも関わります。
そしていざ対面してみた賢者フィード様は、外見詐欺の化け物でした。
手乗りサイズの肉体に宿る膨大な魔力が彼が規格外であることを証明しています。あの小さな身体から放たれる魔力の圧が凄まじいです。
それだけではありません。フィード様のご家族も少々……いえかなり化け物じみています。
なんですかあの暴力的なまでの魔力量は。フィード様ほどではないですが、それでも王家のマナラビット族を遥かに上回っています。驚いたことに全員子供。しかもフィード様に至っては可愛らしいヒヨコ。本当に……外見詐欺です。
そして何故デスキャット族の娘が行動を共にしているのですか?
デスキャット族ってあれですよ。怒ると手がつけられない怪力種族ですよ。
大昔、怒り狂ったデスキャット族が街ひとつ壊滅させたことがあり、畏怖の対象となっている稀少種族ですよ。
赤い瞳は常に血を求めている色だなんて言われている種族ですよ。
明らかに混ぜるな危険じゃないですか。
というか、どれもこれも報告書にないヤヴァイ情報だらけじゃないですか!
フィード様達に見えないところでルファウス殿下を問い詰めたら「反応を見るのが楽しみで、つい」と意地の悪そうな笑みを向けられました。
この方はたまにこういうことを仕出かすから油断ならないのです。監視役を買って出たときから嫌な予感はしていたんですよ……
ルファウス殿下はここ十年足らずでエルヴィン王国の地盤を更に強固なものとした立役者です。
農業と食に革命を起こし、自給自足体制を整えたことで美食と娯楽に富んだディレベンク王国に頼らずとも自国で賄えるようになりました。例に洩れずあの国も獣人嫌いで、年々物価が高尚していて困っていたので本当に助かりました。
それだけではなく、魔力が少ない者を有効活用できるようにとのことで空気中の魔素を利用する方法もお教え下さいました。
魔素は魔物にしか使えないと認識していたので不安の声も多く上がりましたが、ルファウス殿下は魔素を利用することのメリットなどを開示してそれらを論破しました。
魔素を利用するタイプの魔道具を独自に開発して実演して見せたときの貴族達の反応は見ものでしたね。
その発案のおかげで魔力が極端に少なく就職に困っていた者達は徐々に減りました。
他にも使えそうにない鉱石に利用価値を見いだしたり、他国の商人と交渉して物価を半分以下に値下げしたり、とにかく様々な功績を残しています。
そんな知恵も能力も行動力もある素晴らしい方なのですが、少々どころかかなり困った性格です。
というのも、何かにつけて私と陛下の反応を見て楽しんでいるのです。長生きしすぎて人生に楽しみを見いだせないご老人ですからね、この方は。
実年齢は13才の子供ですが、ループ転生という呪いのせいで転生する度に記憶を引き継いでいるらしいのです。一度目の人生の記憶を持ったまま二度目の人生を送り、二度目の人生を終えても一度目と二度目の人生の記憶を保持したまま次の人生を送る。それを延々繰り返す……要するにそういうことです。
その境遇には同情しますが、我々を弄ぶのはやめて頂きたい。
それはそうと、フィード様御一行のことですが、魔力が化け物クラスなだけで案外普通の子供でした。
全員が仲睦まじくしている様子は見ていて癒されますね。同じ鳥類獣人、言わば親戚のようなものです。これからも良好な関係を築けるよう努力致しましょう。
まあ、見た目と実年齢を裏切った行動に出る子も中にはいますけどね。
「お忙しい中お時間を作って下さりありがとうございます」
「こちらこそお誘い頂きありがとうございます」
のんびりと会話するのは私ケイオスとメルティアス家三男のレイン殿。場所は王宮の一角にある温室。
何故私はこの子と密会、もといお茶会をしているのでしょう。
フィード様ならばまだ分かりますが、私はこの子とはあまり接点らしい接点はなかったはずなのですが……
疑問に思いつつもレイン殿と軽く会話したあと、突如何もない空間から書類の束を取り出しました。
内心びっくりしましたが、あれは異空間収納という魔法ですね。伝説にしか存在しない魔法を賢者ではない別の者が、しかも子供が使ったことに驚きを禁じ得ないですが、貴族らしく表情には出しません。
「それは、なんでしょう?」
「王都に潜んでいる犯罪者と他国の間者のリストとそれらの居所、物的証拠を集めたものです」
子供っぽい満面の笑顔で告げられた物騒な話に固まった。
「……何故、それを私に?」
「騎士団にはツテがありませんから」
騎士団とは面識がなく、例え証拠を揃えたとしても子供の戯れ言と取り合ってくれるか分からない。しかし宰相の私に話を通せば少しでも疑いがある場所は調べ上げられる。賢者の身内だから無下にもされないし、面識がある分騎士団より話が通りやすい。
レイン殿が言いたいのはそういうことだろう。
王都に来てまだそれほど日数は経ってないというのに、それどころか王宮からほとんど出てもいないというのに、よくこれだけの情報を集められましたね。
これがそれなりに年をくった成人男性ならば何も言いませんが、相手はまだほんの子供。空恐ろしいなんて言葉では片付けられません。
下手をしたら、賢者フィード様よりもずっと危険な存在かもしれません。見た目に惑わされず十分警戒しなくては。
いや、もしかしたらこれはいい機会かもしれないですね。
今はまだ大丈夫ですがもういい年ですからそろそろ身体にガタがきそうですし、ちょうど私の後釜に収まる人材を探していたところです。
種族的に反対されるのは目に見えて分かっていますが、これほどの人材を手放しておくのはもったいない。
「貴重な情報をありがとうございます。ところでレイン殿、私からも少々お話があります」
さて、どこまで化けるか楽しみですね。
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