第81話、説教される愉快犯

 白を基調とし、ところどころ差し色に黒が混ざったモノトーンカラー。それがエルヴィン王国の王宮だ。


 王宮って白一色なイメージがあるけど、エルヴィン王国はひと味違う。

 この国の王族はマナラビット族。言い換えれば魔力がちょっと多い黒いウサギの獣人だ。

 王族の象徴と正反対な色というのも何かと問題があり、苦肉の策で要所に黒を織り混ぜることでそれらを捩じ伏せてきた。

 建国当初は王族の象徴である黒一色の王宮だったが、魔王城と酷似していたため色々とトラブルの火種になってしまい、最終的にはモノトーンカラーの王宮に化けたという訳だ。


 ルファウスの機転で俺達が王都に到着したことが伝わってたらしく、王宮に着くなり素早く中に通された。

 そしてメイドに案内され、現在応接室にて待機中。


「ふぁ~、お城に入るなんて僕初めて!」


「ここがウサギのお兄ちゃん家?なんかキラキラしてるー!」


 初めての城にはしゃぐレルム達。


「やっと帰って来れた。ようやくプリンが食べれるな」


 マイペースなルファウス。


「プリンってあれっしょ?あの柔らかーくてあっまーいスイーツっしょ?よくあんな甘ったるいもん食えるねー。俺苦いカラメルだけ希望ー」


 甘い見た目に反して甘味が嫌いと公言するレスト。


「なんでお前がここにいる?」


 そうなのだ。こいつ、街の門で別れたというのに何故か先回りして王宮で待ち伏せしていたのだ。

 こちらは馬車で移動してきたのに、どうやって追い付いたのか。


「ルファウス様の専属護衛だからー。あ、全然見えねーって思った?ひどいなー。こう見えて有能なのよ俺。ご主人サマのためなら門番の真似事だってしちゃう忠犬なのよー」


「イヤそうじゃなくて」


「なんでフィード達より王宮に着くのが早かったかって?んふふー。ひ・み・つ。ネタバラシしてもいいけどミステリアスな方がイイ男っぽいじゃん?その方がモテるしー」


 その発言で全てが台無しだよ。

 ていうか、ルファウスの専属護衛だと?ならなんでアネスタまで同行しなかったのか……


「レストには別件で動いてもらってた。あと、秘密にするほど大層なもんじゃないぞ。身体強化して屋根の上を突っ走ってきただけだから」


 首を傾げてレストとルファウスを交互に見る俺の思考を読んだようにルファウスが答える。「バラさないで下さいよー」と子供っぽく頬を膨らますレスト。


 ふむ。身体強化を難なく使いこなせるくらいには魔力がそこそこ豊富だな。王宮まで全力疾走すれば馬車くらい追い越せるか……ん?屋根の上?

 思わずレストを凝視する。イイ笑顔で「大丈夫ー。許可は取ってあるから」と宣った。何の許可だよ。


 王宮の応接室だからかどこか緊張してる節はあれど、各々自由にお喋りしていたそのとき、ノックの音が聞こえた。

 ルファウスは背筋を伸ばし、レストは一歩後ろに下がって従者よろしく気配を殺す。レルム達に静かにするようにと注意して、眠たげなセレーナの頭をぶっ叩く。


 ルファウスが入室の許可を出す。入ってきたのは鷹の獣人だった。


 同じ鳥系獣人だが、ノンバード族とは全く違う。ノンバード族は子供も大人もまったりとした雰囲気を纏っているが、この鷹獣人はどこか鋭利で尖った雰囲気。

 目付きも違う。全体的におっとりとした目が多いノンバード族と違い、刃物のような鋭さをその目に宿している。歴戦の猛者のように隙のない立ち振舞いだが、気配が武人のそれとは少し違う。


 鷹獣人は俺達を一瞥して僅かに目を見開いたが、すぐに何事もなかったように一礼した。


「賢者フィード様、並びにご家族様。お初にお目にかかります。この国の宰相を務めております、ケイオス・フォン・フィルトゥレートと申します。この度は呼び出しに応じて下さり、誠にありがとうございます」


 国で2番目に偉い人がヒヨコに深々と頭を下げる。シュールな絵面だな……


「ご丁寧にありがとうございます。フィード・メルティアスです」


 賢者の方が立場は上だと言われても、根っからの庶民がデカい態度を取れるはずもなく、不興を買わないように笑顔をつくって無難に挨拶を返す。

 好感触なファーストコンタクトに微かに安堵の色を滲ませつつ、今後の話をしていった。


 まず、王都に滞在中は王宮に泊まる運びとなった。下手な宿を利用させる訳にもいかないからと。理由はお察し。

 ただ少し意外だったのが、俺だけじゃなくレルム達やセレーナの分の部屋まで用意してくれること。てっきり賢者だけ優遇するものとばかり……いや、俺の連れだから同じような扱いをしてくれるのかも。


「僕らの部屋まで用意して下さるんですか?」


 レインが驚いたように声を上げると、宰相は首肯した。


「魔力眼のグレイル殿には遠く及びませんが、私も魔力を感じ取れますので」


 薄い笑みを浮かべる宰相。

 言外にこんな規格外連中を野放しにできないと言われた気がする。


「それと陛下への謁見ですが、そちらは明日に決まりました。長旅の疲れもあるでしょうし、本日のところはゆっくり休んで……」


 ぐぅぅ~


 宰相の言葉に被せるように腹の虫が盛大に鳴り響く。それもひとつじゃない。

 音の発生源を見てみれば、レルム達が恥ずかしげにお腹を擦っていた。


「ご、ごめんなさい。お腹空いちゃって……」


「不敬?不敬になっちゃう?」


 偉い人の話を遮ってしまい、怒られるのかと瞳を潤ませる小雛達。宰相は数回目を瞬かせると微笑ましげに首を振った。


「その心配はいりません。先に食事を用意させましょうか」


「やったー!ご飯ー!」


「こらっ!ケイオス宰相の前だぞ!」


「ふふ、構いませんよ。これしきのことで怒りを感じるほど狭量ではありませんので」


 魔力お化けな俺達に恐れを抱いていたっぽい宰相だが、魔力量が桁外れなだけでそれ以外はそこらの子供と変わらないと知り、警戒心が薄まったようだ。

 そして穏やかな国民性がここで発揮された。本来不敬だと罵られそうなことでも軽く流してくれたのだ。懐が広い。


 仕事を抜けてきたらしい宰相とは別れ、皆で食事を楽しんだ。

 高価な食材をふんだんに使った高級料理に最初は抵抗があったが、せっかく用意してもらったのだからと口に運んだ。香辛料をアホみたいに使いまくった前世の高級料理よりずっと美味しかった。

 レルム達もばくばく食べて、何度もおかわりした。愛らしい小雛の底無し食欲にメイドと料理人が愕然としていた。


 ルファウスおすすめのプリンはノヴァとセルザが狂喜乱舞し、彼女らの大好物に加わった。

 女子の甘味に向ける情熱は恐ろしいと思い知った瞬間だった。



「賢者があんな子供だなんて報告はありませんでした。ノンバード族の異常な魔力量も、希少なデスキャット族がいることだって知りませんでしたよ。ルファウス様、毎度のことですが報・連・相はきっちりして下さい」


「衝撃の事実を知ったときの父上の反応が楽しみで、つい」


「これ以上私と陛下の心労を増やさないで下さい。総年齢いくつですか貴方。というより、他国でそんなことしたら間違いなく罰せられますからね?うちの国が緩いから忘れがちですけど」


「虚偽の報告はしてないだろう?」


「ええそうですけど。そうなんですけどねぇ……!情報に抜けがないようにと、あれほど、あれっほど言ったのに……っ」


 尚、澄ました顔で宰相をおちょくるルファウスと膝から崩れ落ちる宰相がいたことは知らぬ事実である。


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