第50話、グレイルの驚愕
それなりに整備された道を一台の馬車が突き進む。
辺りは緑に覆われており、どこからともなく小鳥の囀さえずりが鼓膜を揺さぶる。涼しくなってきた今の季節、森の中なので少し風が冷たく感じて肌寒い。
しかし照り付ける太陽の熱がその肌寒さを中和してくれてちょうどいい。
木々の隙間から覗く太陽の眩しさにグレイルは目を細めた。
「グレイル様、もうすぐ着きますよ」
御者を務めている冒険者が前を見据えながら目的地はすぐそこだと伝えてくる。
「あのヒヨコの故郷……ちょっと気になるわね」
「見るのが怖い気もするけどな……」
馬車内で護衛を務めている仲間の冒険者が口々に言う。
彼らの中で例のヒヨコがどう認識されてるかが分かり、内心苦笑を溢すグレイル。なにも、そこまで警戒しなくても。
護衛を伴って向かう先は辺境の田舎領地・ウルティア領。
そこは少し前に知り合った風変わりで規格外なヒヨコの故郷だ。
グレイルはそこに行商に赴いている途中だった。
前回行商に行ったときは運悪くオークの群れに当たってしまったので行けなかったが、その一件が収束して森全体が穏やかな様相を見せる今ならば何ら問題はない。
普段より魔物の出現率も低く、道中魔物との戦闘になったのはたったの2回。片道3日ということを考慮すると少なすぎるほどだ。
「君、御者を交代してあげてくれ」
「え?でもあと少しだし……」
「魔力の流れが僅かに乱れている。おそらく本人も無自覚だろうが、このまま任せていたらいざ戦闘になったときにミスをしやすくなる。リスクは減らしておいた方がいい」
「グレイル様がそう言うなら……」
魔力眼はとても便利だ。
魔力の流れ、質、量などを視ることができ、そこから更にその者の体調などを推し測ることもできる。それもかなり正確に。
それだけではなく、物に宿る魔力からどういった効能や特性があるかも見極められる。一種の鑑定に近い。
その他にも様々なものを“視る”ことができる。
故に、魔力眼持ちの者は重宝される。
グレイル自身、魔力眼持ちというだけで色々と苦労してきた。重宝されるとあって優遇されることはそれなりにあったが、その分、敵も多かった。
基本、魔力眼持ちは国に召し抱えられることがほとんどだ。そのため商人になるからと国の上層部からの誘いを丁重に断ったグレイルはなかなか稀有な存在と言えよう。
グレイルの指示通り御者を交代してしばらくすると疎らに人が出入りしている村の入り口が見えてきた。
ウルティア領の手前の領地、レアポーク領である。
「さぁ、レアポーク領に着いたらウルティア領までは目と鼻の先だ。もうひと踏ん張りだよ」
この冒険者パーティーはランクが低くあまり旅慣れていないため、ほんの少しお疲れモードだ。そんな彼らを励ましながらレアポーク領に到着した。
先ほどからちらほらと出入りしていた人が村に商人が来たことを伝えたらしく、馬車を止めた途端に村人達に囲まれた。
「多めに塩買っておくか……」
「商人さん、これを買い取ってくれないかい?」
「塩!塩を下さい!」
塩を欲しがる者が大半、時折動物の毛皮や低級の魔物の魔石を買い取ってもらおうとする者がいるくらい。グレイルは快く買い取り、いつもより多めに仕入れた塩をできる限り安く売った。
こうして辺境から買い取った物はステータスカードに反映されないため別口で売り捌くことはできない。なので、辺境で買い取った物は加工してから別の辺境で売る。
本来ステータスカードに反映されない物を売買するのは禁止されているが、ギルドを設立できないような貧しい土地では暗黙の了解でスルーされている。そこまで厳しく取り締まると辺境領地が立ち行かないからだ。
しかし、それほど儲からない土地に進んで商売に行くお人好しな商人などそうそういない。グレイルくらいだろう。
なので王国側は苦肉の策として辺境領地に行商に行った商人は国に納める税を2割減らすことなどを条件にして商業ギルドに話をつけた。
税が軽くなればその分商業ギルドで開発を進めている商品の研究費用やその他諸々にも回せるしで商業ギルドとしても美味しい話で、以来、国と商業ギルドは上手く均衡を保っている。
しかし儲からない土地に行商に行く商人は大抵態度がよろしくなかったりわざと高値で売り付けたりしているのが悩みの種だ。
ランク落ちするほど酷い事態にはなっていないので商業ギルドとしてもあまり口煩く言えないし、現地人も多少不服でも不満が爆発するほどでもないので大きな問題になっていないことも要因だ。
いつか、辺境の人々が満足に買い物ができるような政策がつくられるといい。
そう密かに願いながら、今日もこうして辺境領地にて商売をするグレイルであった。
「じゃあ、そろそろウルティア領に行こうか」
護衛に一声かけてからウルティア領へと向かうグレイル。
グレイルが村人の対応をしているうちに疲れが取れた冒険者達はごくりと唾を飲み込んだ。
ついに、あのヒヨコの生まれ育った土地に足を踏み入れる……!
馬車に乗って移動するほど距離はないので馬車を引きながら徒歩で向かうと、いきなり想定外のものを目の当たりにしてしまった。
「おりゃー!雷どーん!」
「えーい!燃やし尽くしてやるー!」
「てりゃっ!微塵切りにしてあげるわ!」
レアポーク領とウルティア領を繋ぐ雑に整備された道の途中で、数体のゴブリンを屠る小雛に遭遇したのだ。
天誅の如く雷が降り注ぎ、地獄の業火を思わせる炎が瞬間的に爆発し、鋭すぎる風の刃をポンポン撃ち放つ掌サイズの小雛達。
ゴブリンは憐れなことになかなかにグロテスクな仕上がりになっており、言葉にするのも憚られるほどだ。辺りに飛び散る赤い液体が繰り広げられる惨劇を物語っていた。
明らかなオーバーキルである。
常識の枠をごく当たり前のようにぶち破った小雛軍団に、冒険者はもちろんのこと、グレイルまで唖然とした。
そして悟る。ああ、あのヒヨコの血縁者だ……!と。
満足げに言葉を交わしながらゴブリンの魔石を回収してウルティア領に帰っていく小雛達。ハッとしてグレイルも後を追う。
そして着いたエルヴィン王国最南端の領地にて、常識とは何ぞや?と全力で己に問いたくなる光景が広がっていた。
ある場所では治癒魔法で怪我人を癒し、ある場所では土魔法や水魔法などを用いて畑作業をし、ある場所では狩った動物を異空間収納魔法からドサドサ出していた。
ノンバード族の小雛が。
「ははは……嘘だろ………」
「ノンバード族が魔法を……それも無詠唱で……」
「あのヒヨコだけじゃなかったのか……」
冒険者は皆開いた口が塞がらない。
魔法を使えないはずの最弱種族が魔法を使うという異常事態はあのヒヨコで多少の耐性はついたが、詠唱どころか魔法名もなしに息をするように次から次へと魔法を使うとは思っていなかった。あのヒヨコだけが特異なのではなく、種族ぐるみで頭がイカれてるのか、そうなのか。
それはグレイルも同じで、魔力眼から得る情報に驚愕した。
なんと、魔力量が通常の300倍あったのだ。
平均の300倍なので数字にしたらおよそ50000~60000ほど。正確な数値は分からないがおそらくそれくらいだろう。
魔力の血栓がある者は通常より多くの魔力を有していると例のヒヨコから聞いていたが、まさかこれほどとは。
これは本格的にノンバード族の扱いを考えねばなるまい。
例のヒヨコは差別をなくすと豪語していた。ならば身内以外のノンバード族の血栓も抜いてやる、あるいは血栓を抜く方法を伝授するはずだ。
もし今ノンバード族の真の力が解放されたなら、差別された側であるノンバード族が大人しくしている保証などない。必ず復讐に走る者も現れよう。これほどの戦力となると、下手すると国の内乱にも発展する。そうなる前に対策しないとまずい。
グレイルはとあるツテで国の上層部に顔が利く。戻ったら早急に報せておかなければ。
普通なら信じられない報告でも魔力眼持ちのグレイルの言葉なら信用せざるを得ない。国の上層部もしっかり対策を取ってくれるだろう。
「帰ったらフィード君にも言い聞かせておかないとね」
いまだ呆然とウルティア領を眺めている冒険者の傍らでぽつりと呟いたあと、レアポーク領同様集まってきた村人の対応に追われ、その後例のヒヨコの実家に立ち寄ったのだが……
「すみませんね、何もないとこで」
「いえいえ、お気になさらず。私はただフィード君が元気にやってると伝えにきただけなのでね」
比喩ではなく、本当に何もなかった。
外観はそこらの農家とさして変わりないが、家の中はがらんどう。最低限の家具さえ見当たらなかった。
生活感がなさすぎるその内装に疑問符を浮かべながらも魔力量以外は想像してたのより普通な父親と例のヒヨコの話題で盛り上がっていると、外が騒がしくなってきた。
話し声からするに子供のケンカだろうか。子沢山だとこういうとき大変だよなぁなどと考えていたら、父親が結界を張った。
何事かと問う前に事態は急変する。
どっがーーーーん!!!
自分達のいた家屋が吹き飛んだのだ。
結界のおかげで怪我はなかったがあまりのことに硬直するグレイルと冒険者一同にメルティアス家の大黒柱は朗らかに笑った。
「いやぁすみません、うちの子達やんちゃで。よく家を大破するもんだから家の中の物全部収納魔法に入れてあるんですよ」
子供同士のケンカで何故家が吹き飛ぶのか。
住み処の大破をやんちゃの一言で済ませていいのか。
用意周到に結界を張ってしまうくらいに日常茶飯事なのか。
疑問と突っ込みは尽きないが、これだけは言える。
メルティアス家は総じておかしい。
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