第16話、絶句する男爵

 エルヴィン王国最南端に位置する領地・ウルティア。


 見渡す限り山々が囲むその土地の領主館の執務室で、一人の男が窓の外を眺めながらポツリ呟いた。


「あー、つまんねぇ」


 上半身が人間、下半身が馬の獣人が頬杖をつく。


 執務机に並べられた書類は全て処理したものだ。決して少なくはないそれは、少し頑張れば昼過ぎには終わる程度の量。

 ゆっくりやったとしても夕方には確実に終わる。新たな案件が飛び込んできても、魔物も獣もあまり出ない小さな領地だ。そうそう大事にはならない。

 山々が連なる山脈の向こうは広大な海が広がっており、敵国が侵略してくるなどの心配もない。


 領土を広げようにも山が邪魔だし、仮に山を撤去できたとしても住民が増えなければ意味はない。国の端の端にあるこの領地に移り住む物好きな輩なんているはずもない。

 そもそも山を撤去するのにも人手が足りなさすぎる。

 そしてウルティアの領主は開拓意欲が皆無。現状に満足していた。


 更に言うとウルティアは農業を生業とする家が多いのだが、土の質がそこそこ良く、天災もあまり起こらないため不作になることは滅多にない。

 領民同士の仲も良好で、喧嘩が起きても大抵が口喧嘩で終わる。暴力などはほとんどなく、わざわざ少人数の兵士を割くほどでもない。

 不満というほど不満はないが、強いて言うなら領民が200人未満と少ないことと、娯楽がないことか。


 要するに、とても平和なのである。

 ちょっと寂しい土地で、ちょっと娯楽がなくて物足りなさを感じるだけで。


 コンコン、とノックされた後に入ってきたのはこの屋敷に長年仕えている執事だった。


「失礼します、ローガン様。レアポーク男爵様がお見えになられています」


「おっ!やぁっと来たか。すぐ通せ!」


「かしこまりました」


 使用人が部屋を去り、そう間を置かずに旧友と呼べる仲の豚の獣人が入ってきた。


「よぉスリム卿。あいっかわらずカッチリ服着てんなぁ。息苦しくね?」


「このほうが落ち着くんだ。お前こそ裸で寒くないのか?」


「ぜーんぜん。馬獣人の習性だしー」


 軽口を叩きながらソファに座り、出されたお茶を遠慮なく飲む男にカラカラと笑う。

 種族が違えば習性も違うのは当たり前だ。だが目の前にいる名前と同じくほっそりとした体型の豚の獣人が堅苦しい服装を好むのはその種族特有の習性ではなくこの男の性格の表れなのだろう。


 服を着るという概念が存在しない種族に生まれ落ちた自分には到底理解できないものだと思いつつスリム男爵の正面に腰を落ち着ける。

 ソファはない。下半身が馬なので4本の足を折り曲げている。


「お前がこんな早くに来るなんて珍しいじゃん。何?なんかトラブル?」


「違う。仮にトラブルだとして、何故そうも喜ぶんだ」


「だぁってー!暇すぎてつまんねぇんだもんよー!平和な証だから文句言えねぇんだけどさー、それとこれとは別」


「他領の問題に首突っ込んだら色々と不味いだろう」


「特等席で見てる分にはいいっしょ」


「傍観者め。それで、うちの息子はまだそちらに迷惑をかけているか?」


 聞かれて、はたと気付く。


 スリム卿の息子がここウルティアで住民にちょっかいをかけているのは知っている。

 あまり行きすぎた行動を取るなら見過ごせないが、幸いにも大きな問題にはなっておらず、ちょっかいをかけられた住民も相手が貴族の子息だからと不満を言うこともあまりないので放置していた。


 だが、ここ最近は件の獣人を領内で見かけない。


「……そいや、最近めっきり見なくなったな。とうとう仲直りしたん?」


「喧嘩ではないと前にも言ったはずだが」


「どーいう心境の変化よ?お前が矯正した……ワケねぇわな。息子の叱り方も分かんねぇで右往左往してたんだし」


 この旧友は息子との関係があまり良くない。

 といってもスリム卿自身が息子を嫌ってるのではなく、むしろ親バカを発揮して自分によく息子の話をしているくらいだ。


 ならどうして息子とうまくいってないのか。

 それはただ単にこの男が不器用なだけだ。


 他者と接するのが元来不得手で、まともに話せるのはこの男の嫁と自分だけ。その対人能力の低さが息子にまで影響しているのだ。

 おまけに裏稼業を連想させるほど厳つい顔なものだから何かと誤解される。常に眉間にシワが寄ってて不機嫌に見えるし、どうやって接したらいいのかが分からず終始必要最低限しか喋らないため、誤解が解けるどころか逆に深まるばかり。


 ただ、それはあくまで初対面の者や付き合いの浅い者に対してのみだ。

 長い付き合いがある自分や持ち前のフリーダムな性格ゆえに早く打ち解けた嫁に対してはまるで違う。

 不機嫌に見えてこれがデフォルトだし、意外とよく喋るし、たまに冗談も言ったりする。それに何より自分と同じく面白いものが好きだ。


 損な性格しているな、と常々思う。


「お前の領地にいるノンバード族の子供のおかげだ」


「あ?あー、あの子沢山ファミリーか」


 ウルティアのノンバード族といえば、この領地の約4分の1の人口を占めていることでちょっとした名物だ。

 何故その子供のおかげなのだろうか。自分の知る限りこの男の息子との接点などなかったはずだが……


 使用人が用意したお茶を飲みながら疑問符を浮かべる。


「息子がボコボコにされて大人しくなったんだ」


「ぶぅっ!!」


 噴き出した。


「げほっ……え、今なんつった?ボコボコにされた?お前の息子が?逆じゃなくて?」


「ああ。あの子が素直に白状した。あのヒヨコが怖いからもう悪戯しないとまで言っていたな」


 ちょっと待て。ノンバード族の子供はほとんど小雛に成長していなかったか。いや一匹だけいた。周りにひっついてる小雛集団が何故か兄と慕っているヒヨコが。


「……ノンバード族って戦闘からっきしじゃなかったっけ?」


「魔法が使えるらしい。実際には見ていないが、相当な手練れだと息子が絶賛していた。怒ると怖いけどあのヒヨコに魔法を習いたいとまで言い出してな、少し前から魔法の講師を務めてもらっている」


「ノンバード族が……魔法を……?」


 この男が嘘をつくはずがない。長年の付き合いだからそのくらい分かる。だがしかし言われたことの意味がピンとこない。

 ノンバード族は魔力を持たない種族だ。それが何故魔法を使えるのか。


 しかもこの男の息子の魔法技術の高さはここらじゃ有名だ。魔法名を唱えるだけで発動できるのはこの男の息子以外では見たことない。

 王都に行けばもっと凄腕の魔法師がいるのだろうが、何せここから王都まで馬車で10日もかかる。こんな辺境に住んでいる弱小貴族が王都に行くことなんて当主就任のお披露目以外でまずないので王都の魔法師の実力など分かるはずもない。


 自分の目から見てもかなり優秀だと思える魔法使いをも上回る魔法を、魔力を持たないはずの種族、それも子供が行使する。

 およそすぐに理解できる事柄ではなかった。


「……なぁ、その子供の授業見てみたいんだけど」


「ああ、私もだ。だからこうして許可を取りに来たんだ」


「は?許可って?」


「魔法の授業はこちらの領の山脈でやってるらしいのでな。他領の貴族が勝手にほっつき歩く訳にもいかんだろう」


 確かにと頷く。そして同時にこれが目的かと悟る。


 二人して屋敷を出て山脈へ向かう。

 辺境の弱小貴族ともなると馬車を使う選択肢はない。徒歩で行けるところは自力で行こうというのが暗黙の了解だ。これが王都なら他の貴族に咎められるところである。


「どの辺?」


「村からは死角になってて見えない場所とは聞いた」


「だから情報廻ってこなかったのか」


「魔法の技術はさておき、なかなか面白いやつだぞ。お前は会ってないのか?」


「お前んとこと同じだよ。毎月農作物を納品させてるけど、受け取りは使用人に任せてる。もし屋敷に来てても気付かねぇよ」


 しばらく歩いていると黄色くて丸っこい集団と豚の獣人の子供が遠目に見えてきた。

 小雛が数十匹とスリム卿の息子だ。その前には一匹だけ堂々とした佇まいで山を指し示しながら何やら説き伏せているヒヨコがいる。スリム卿が言っていたヒヨコだろう。


「お、あいつだな。さぁて、どんな魔法使うのかお手並み拝け……」



 -----ドゴォォォォン!! スッ



「「……………はっ?」」


 二人の間抜けな声が重なった。


 それも致し方ないことだろう。なにせ、ヒヨコの指し示した先の山が突如爆発して跡形もなく消えたと思ったら次の瞬間にはまるで爆発なんてしてなかったかのように元通りになったのだから。


 小雛集団は両手を突き上げて可愛らしい雄叫びを上げ、スリム卿の息子は顔を青ざめて首を横に振りながらぶつぶつ何か呟いている。

 スリム卿の息子のことなんぞ眼中にねぇと言わんばかりに無視を決め込み、元通りになった山に一列に並ぶ小雛集団。

 そして次々と爆発が起きては元通りになるを繰り返す。

 あまりの出来事に言葉を失う二人。


 更に少し近付いてみれば彼らの声が耳に届いた。


「弟11号よ。魔力制御が甘いぞ。ほら奥の方、少し山が残ってるじゃないか。全部綺麗に吹き飛ばすまでまだ時間かかるな」


「むぅー……魔力の衝撃波でなら吹き飛ばせるのにぃー!火魔法難しいよぉ」


「妹3号は上出来だな。もう少し魔力を少なくしたら無駄なく発動できるぞ」


「うんわかったー!」


「ほら見ろボール。火魔法で山を吹き飛ばすなんて造作もないだろう。なんでもかんでも無理だの嫌だの言ってたらできるもんもできないぞ」


「できるできないの次元じゃない……!お前は破壊兵器でも目指してんのか……!?詠唱破棄なら俺もできるけど魔法名もなしにあんな威力出せる訳ないだろ!?たとえ詠唱しても無理だわ!」


 小雛集団とヒヨコの会話に、もはや絶句した。


 詠唱破棄して頭1つ分の炎を出せるスリム卿の息子を皆が凄いと褒め称えていたのが馬鹿らしくなってくる。

 詠唱破棄、それも魔法名もなしに軽々と大自然を破壊する魔法を一介のヒヨコが平然と使い、あまつさえその技術を伝授しているなどと誰が想像しただろうか。


 スリム卿の息子が放つ詠唱破棄の火魔法が山の一部を爆発した。それだけでも十分凄いのに全然凄さが伝わらないのは最初の爆発のインパクトが強すぎるからなのか。

 そして十分凄いはずのその爆発魔法にヒヨコをはじめ小雛集団がとことんダメ出ししているのがなんとも言えない。


 その光景をしばらく呆然と眺めていた二人だが、ようやく正気を取り戻し、ボソッと溢す。


「……何ここ。ドラゴンの住み処?」


「……雛鳥の魔法演習場だろう……多分」


 その呟きに答えてくれる者は残念ながらいなかった。



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