第12話、遅くなった理由とスライム

 隣の領までの道程は案外短い。


 こちらから話しに行くなら当然自力で行かなきゃならないが、貴族からの呼び出しなら気前が良い人なら馬車を用意するし、案内人も寄越す。今回エマルスはそれだ。

 だがわざわざ馬車を使うほどの距離でもないので徒歩で隣の領へと向かっている。


 前世では大体馬車が用意されてたから新鮮だな。


 新鮮といえば今の俺の格好もだが。


「ワイデンさん。何故俺は抱っこされてるのですか?」


「もちろん私がそうしたいからです。あと私のことはお気軽にエマルスとお呼び下さい」


 掌サイズの俺を両腕で優しく包み込むエマルス。

 ……ひよこを愛でるのが好きな人なのかな?

 歩かずに済むなら楽でいいけど。


 俺を抱っこしたエマルスはレアポーク領への短い道程を歩く。

 あまり整備されていない道を足音ひとつ立てずに進むとは……こいつ隠密に向いてるな。


「ところで、なんでこんなに遅くなったんですか?徒歩で来れるならすぐ情報は伝わるでしょうに……」


 あの豚をぶっ飛ばしたのはもう何日も前だ。

 徒歩で行き来できる距離ならその日のうちに豚から情報が漏れたはず。次の日に来てもおかしくなかった。

 なのに何故何日も経ってから来たのか。


「実は、ここ最近森で不審者を見かけるようになりまして……スリム様はその調査に向かっておりました」


「レアポーク男爵自ら調査を?」


「ええ。調査に限らず、身体を動かす仕事はスリム様が率先してやりますよ。種族柄、肥満体型になりやすいので、毎日運動を欠かさないんです。これも運動の一環だと言って調査に赴いたのですが……」


 エマルスの表情が硬くなる。


「こんな辺境で不審者を見つけたら、それは大半が何らかの要因で逃げ込んできた訳ありの人です。理由は様々ですが、辺境まで逃げれば追手を振りきれると考えてのことでしょう。今回も例に漏れずその手の類いかと思ったのです」


 他国に逃げるという選択肢はあってないようなもの。

 人間国家では獣人差別が根付いてるらしいからな。

 手酷い対応をされるのが分かりきってる他国に逃げるくらいならどうにか追手を振り切って辺境に身を潜める方がずっとマシだろう。


 ただ、中には犯罪者も紛れているときがあるので、そう簡単に領内に入れる訳にもいかない。

 だから森で潜伏生活を送る逃亡者もざらにいる、との話だったが……


「今回は違ったんですか?」


「はい。調査したところ、不審者の正体はファラダス王国の人間だと判明しました」


「それは……」


 なんだかキナ臭いな。

 ファラダス王国は人間国家の隣国。表向きは当たり障りなく接してるが、内実獣人をあまり歓迎していないと聞く。

 そんな国の人間が獣人王国の辺境の森に潜伏?どう考えても厄介事の匂いしかしないぞ。


「連日調査していたのですが、くだんの人間はすぐに森を引き払ってしまい、動向を掴めませんでした。何かしら痕跡を残してるかもと調査を続けたのですが、そちらも結果は芳しくなく……念のためアネスタ辺境伯にも報告してから一旦調査を切り上げて、そのときにボール様の件を知りました。それが昨日だったのです」


 なるほど、そういうことだったのか。


「事情は分かりました。今後も調査するんですか?」


「あちらの思惑が分かっていない以上、調査を終了するには危険かと。フィードさんも十分気をつけて下さいね。自然に囲まれたこの地では潜伏先は山ほどありますから」


「怖いこと言わないで下さいよ。警戒はしておきますけど」


 隣国の人間の動向は気になるところだが、貴族が調査しても成果がないとなると動向を知ることは叶わないだろう。少なくとも今は。


 向こうの思惑がわからない以上、下手に動く訳にもいかないし……様子見かな。



「……ん?」


 ふと視界に違和感のある緑が映る。


 レアポーク領へと続く道なき道から少し逸れた雑木林に緑色の物体がいくつも見えた。


「スライムか」


 この世界では初めてお目にかかる魔物だ。


「グリーンスライムですね。狂暴な一面もあるのでお気をつけ下さい」


「スライムって狂暴なんですか?」


 前世のスライムはほぼ何の害にもならない穏やかな魔物だったんだが……


「スライムは二種類あります。狂暴なグリーンスライムと無害なブルースライムです。グリーンスライムは討伐対象ですがブルースライムは使役するのが一般的ですね」


「ああ、そういうことですか。ゴミ処理に打ってつけですもんね」


 スライムは基本なんでも溶かす。

 焼却処分するよりずっと環境に優しい。


「で、その有益なスライムがリンチされてますけど」


 グリーンスライム集団の中心に一匹だけブルースライムが紛れこんでいる。グリーンスライムの何匹かが攻撃してるところを見るにリンチで間違いない。


 足を止めてうーんと唸るエマルス。


「レアポーク領ではブルースライムが多く見つかるので……正直、グリーンスライムを蹴散らしてまで手に入れようとは思いません。それに、これ以上スライムを家に入れたら溢れそうですし」


 溢れるほどスライムがいるのか……家の中に。


「じゃあ俺が貰っても良いですよね」


 言うが早いか、エマルスの腕の中から飛び出す。

 魔力を練りながら着地し、地に足がつくのと同時に風の刃でブルースライムの周辺にいるグリーンスライムを狩る。

 スライムは魔物の中では最弱だ。なので然程時間をかけずに殲滅できた。


「おい、生きてるか?」


 ブルースライムに声をかけると一瞬その丸いゼリーみたいな身体がぷるんっと震えた。

 そして言葉の意味がわかったのか、直ぐ様縦にぐるっと1回転した。まるで頷くように。


「そうか。ならいいが……お前、言葉がわかるのか?」


 またぐるっと1回転。図星のようだ。


「じゃあ話が早い。お前ウチに来ないか?」


 反応がない。これは拒否されたか?


「嫌なら別にいいが……」


 そう言った直後、ブルースライムが体当たりしてきた。

 攻撃されたかと魔力を練ろうとしたが、すりすりと頬擦りしだしたことによりそうじゃないなと考え直す。


「ついてくるか?」


 ぎゅるるるんっ!!と縦に何回も高速回転。


 どうやら仲間になってくれるようだ。

 助けたからかすぐに懐かれたのは嬉しい誤算だな。


 ぽよんっぽよんっと喜びを表すように俺の回りを跳び跳ねるブルースライム。


 やけに感情豊かなスライムが仲間になったな。

 スライムってこんなに感情を露にする生き物だっけ?


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