第6話、ヒヨコと豚と魔法制御
「貴様ぁぁぁ!俺様によくも……っ!」
俺にぶっ飛ばされた豚が憤怒の表情で戻ってきた。
ぶっ飛ばされた先が畑だったから全身土まみれだ。
「ノンバード族ごときが俺様に楯突きやがって!後悔させてやる!」
両手を突き出して魔力を練り上げる豚。
「にっ……逃げて!」
「フィードっ!」
村人が弱々しく声を上げ、遠くから父が走ってくる。飛べもしないのに翼という名の手をばっさばっさと広げていて、俺を心配してくれてるのが見てとれた。
「フレイムアロー!」
我が父が俺のもとに来るより早く豚の魔法が放たれる。
魔法と呼ぶのも烏滸おこがましいほど下手くそな魔力制御で放たれた炎の矢は3本。うち2本はあらぬ方向に行き、真ん中の矢だけが俺を捉える。……軌道がかなり怪しいが。
あんな初歩中の初歩の魔法くらい真っ直ぐ飛ばしてほしいものだ。そんなんで魔法使いだと?笑わせるな。
豚が魔法っぽい何かを放った直後、俺も魔力を練り上げる。
時間のあるときにって思ってた直後に使うことになるとは……
「フィード!フィードぉっ!!」
悲鳴にも似た父の声は、向かい来る炎の矢に掻き消された。
ドォッ!と何かがぶつかり合った音がこの場を支配したからだ。
父が必死に手を伸ばし、村人は硬く目を閉じた。おそらく俺がやられたと勘違いしたのだろう。
だが瞬時に村人は硬く閉じた目を見開くことになる。
何故かって?
「は……?なんっ……!うぎゃああああ!?」
豚の悲鳴が聞こえたからさ。
一拍置いて二人が恐る恐る顔を向けた先には頭が燃えている豚で。
「……はっ?」
父の間の抜けた声がやけに響いた。
豚と全く同じ魔法を使っただけだ。そんなに驚くもんでもないだろうに。
ああ、そうか。豚の魔法より何十倍も速い炎の矢だからびっくりしたのか。
村人と父が口を半開きにして放心状態なのをよそに俺はみっともなく苦しみ悶える豚に追撃する。
すると今度は頭だけでなく全体が燃えて、あっという間に火だるまの完成だ。
「あづいあづいあづいあづ……ぅああああああ!?」
「チッ、うるさいな」
豚の悲鳴があまりにも耳障りだったので魔法で作った水を脳天から滝の如く流した。
近所迷惑になるだろうが。村人の家に苦情がきたらどうしてくれる。
炎で焼かれ、瞬時に消火され、忙しなく自分の状況が変わって目を回してる豚が尻餅をついたところでハッとする。
そして威勢よく睨んできた。
だが得体の知れないものでも見る目には恐怖が隠しきれていない。
「お……お前っ!俺様に何した!?」
「何って、魔法を使っただけだが?」
何を当然のことを、と口には出さずとも伝わったようで顔をトマト色にして「信じられるかそんなの!」と怒鳴り散らした。
「魔力を持たないノンバード族が魔法なんて使えるか!」
次いだ豚の言葉に目を見張る。
ノンバード族とは俺達鶏の獣人のことを指すが、そのノンバード族も含め生き物は皆等しく魔力を有するのが常識だ。多かれ少なかれ、命あるものはその身に魔力を宿している。その魔力を用いて世界の事象を改変させるのが魔法だ。
魔力がどんなに少なくとも魔力制御さえしっかりしてれば小さな魔法くらいは発動できる。それに努力次第で魔力を増やすこともできるし。
だが魔力を持たない生き物なんて聞いたことがない。
思わず父を凝視してみるも、やはりきちんと魔力は流れている。だが何ヵ所か血栓らしきものがあり、魔力を使うことができなくなっているようだ。
豚の言う「魔力を持たない」とはその血栓っぽいのが邪魔して魔力の流れが探知しにくくなってるせいだろう。
豚の口振りから察するにノンバード族は血栓を持って生まれる種族のようだ。
が、今はそんなの後回しだ。
「信じなくとも身体で覚えさせてやる!」
「ひぃっ!?の、ノンバード族ごときが近付くなぁ!」
地面を蹴って一瞬で距離を縮め、吠える豚の肩に乗る。慌てて引っぺがそうとする豚の手をひょいひょいっと避けながら魔法指導の開始。
まずは己の魔力の流れを把握させるために手っ取り早く強制探知の魔法をかける。本当なら自力で探知できるのが望ましいがな。
「うわっ!?な、なんだこれ……」
「自分の魔力を感じるだろ?どんな感じだ」
自身に起きた変化に戸惑いつつも火魔法をちらつかせてる故か素直に答えた。
「み、乱れてる……?ぐにゃぐにゃしてて……なんか気持ち悪い」
「それが今のお前の魔力の流れだ。制御が未熟だと魔力の流れがヘンテコになるからな。じゃあその流れをどう正すかっていうと……」
豚の魔力を均一に全身に巡るように細工する。まずは魔力の流れを安定させないとちゃんとした魔法は使えないからな。
「うわっ!?ぐにゃぐにゃだったのが綺麗になった!」
「今の状態を自力で保って、さっきの魔法を使え」
魔法を使うのに大事なのは魔力制御とイメージ力。
初歩中の初歩の魔法ならイメージ力が低くとも使えるので大丈夫だろう。
「ふ、フレイムアロー!」
言われた通り魔法を放つ。
放たれた炎の矢は先程と同じ本数だが精度が明らかに違う。
先程の炎の矢は不安定に炎が揺れ、対象物に真っ直ぐ飛ばず、そして対象物に届くまで時間がかかっていた。
だが今のはどうだ。
炎は揺れてるが規則的で安定し、真っ直ぐ飛んでいるではないか。しかも先程とは段違いに速い。
うんうん。魔力制御ひとつでこうも見違えるのだ。やはり魔法はこうでなくては。
豚をちらっと見やると、放った本人が一番びっくりしていた。
「……え?どんなに頑張っても思う通りにいかなかったのに……え、え?」
「魔力制御ができなきゃ魔法を鍛えることは難しい。常に魔力制御を意識しろ。慣れたら無意識でも制御できるようになる」
俺の説明を聞いてるのか否か、全身をペタペタ触って今自分がやったことがまるで信じられないとでも言いたげだ。
だがちゃんと聞いてたようで、俺が細工したときより若干乱れてるがどうにか魔力の流れを制御している。
うん。これで立派な魔法使い見習いだな。
ウルティア領でも豚の住む隣の領地でもそんなに魔物は出ないし、わざわざ難易度の高い魔法や技術を叩き込まなくてもいいだろう。こいつに向上心があるならあとは勝手に成長するさ。
「お、おい!ひよこ!」
「なんだ豚」
「豚言うな!ボール・フォン・レアポークだ!……その、色々と疑問に思うところもあるけど、貴様のおかげでまともに魔法を使えて、あの、えっと……か、感謝しないでもない!」
怒りトマトではなく照れ頬ピーチになっている。さっきの威勢はどこいった。
豚野郎がツンデレ発揮しても鳥肌が立つだけなんだが。
「そうか。精進しろよ。……ああ、言い忘れてたが」
豚から離れて放置していた籠を両手で持ち上げたところでふと思い出していまだ照れている豚と何故か頭を抱えている村人に顔を向ける。
「魔法は詠唱も魔法名も唱える必要ないぞ」
そう告げれば二人揃って顎が外れんばかりにぱかっと口を開けた。
いや、さっき俺詠唱も魔法名もなしに発動したよな?
もしやこの世界では詠唱や魔法名を唱えるのが通例なのか?
なんて非効率な……と嘆きながら村人と同じく頭を抱えた父を両手が塞がってるため蹴飛ばして正気に戻し、改めて領主に税を納めに行くのだった。
俺と父が去った後で、
「まさか、じゃあ、さっきの火や水は本当に……」
「魔法名すら必要ないなんてそんなの聞いたことない……あのひよこ、一体何者……?」
豚と村人が呆然と呟いたことは知るよしもない。
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