第11話 ライラック 恋の芽生え

 いつも見ているものと違うモノが見れた時は少しだけ幸せを感じていた。今日は隣の席の日野さんが髪を一つにまとめていたのが印象的で、普段と髪型を変えただけの女子が魅力的に見えていた。隣の席でもそんなに話した事が無いので直接褒めたりは出来なかったけれど、僕の視線に気付いた日野さんがまとめた髪を持ちながら揺らしていた。


「まだ春だってのに暑いからまとめてみたんだけど、吉沢君って髪を下ろしてる女の子の方が好きだったりする?」

「あ、そんなことは無いけど、いつもと違う日野さんの姿に見とれてたって言うか、良いなって思ったけど。ごめん」

「あはは、褒めてくれてるんなら謝らなくていいんだよ。吉沢君だって時々髪型変えてるじゃん」

「え、僕はいつも同じだと思うけど」

「そっか、変えてるんじゃなくて寝癖だったのかな?」

「そうかもしれないけど、出来るだけ寝癖を直す努力はしてるんだよ」


 普段は部活の後輩以外の女子と話すこともあまりない僕だけど、今日は日野さんと話が出来て少しだけ嬉しかった。僕はあんまり人に関わらないで生きてきたんだけど、人との会話って楽しく感じちゃうな。


「そう言えばさ、もう少しでライラックまつりが始まるけど、吉沢君は部活の人達と行くのかな?」

「行かないと思うけど、部活のみんなもあんまりイベントとか興味ないみたいなんだよね。僕も人ごみ苦手なんで雪まつりもヨサコイも見に行ったことが無いんだよ」

「へえ、吉沢君達ってそう言うの楽しんでそうだったから意外だな。私も小さい時に家族で行って以来参加してないかも。それなりに楽しそうだとは思うんだけどさ、そこに参加するならトレーニングした方がいいんじゃないかなって思うんだよね」

「日野さんは女バスのエースだって聞いたけど、全道大会を突破して全国に行けたらいいね」

「うん、引退は来年だけど、先輩にはお世話になっているから一つでも優勝に近付けるように頑張るよ」

「僕達の部活は競うものでもないから明確な目標とかは無いんだけど、その分日野さんの活躍を期待しておくね」

「ありがとう。女子からは一杯応援貰ってるけど男子からは初めて応援されたかも」

「それって意外だな。日野さんって女子にも男子にも人気ありそうなのにね」

「私が男子に人気あるわけないじゃない。ガサツだし女子力ほとんどないんだからさ」

「女子力とかはわからないけど、去年の球技大会で活躍してたの見て凄い格好良いなって思ったよ」


 僕の言葉を聞いて日野さんは俯いてしまったけれど、口角が上がっているので嫌な気持ちにはなっていないようだった。僕は部活という名の暇潰しに精を出している時間に日野さんはバスケで情熱を燃やしているんだろうな。そう考えると僕はダメな男なんじゃないかと思ってしまった。


「雪まつりもヨサコイも行った事無いって言ってだけど、神宮祭も行った事無いの?」

「神宮祭は出店だけ行ったことあるけど、何も買わないで帰ってきちゃったよ。もう少し楽しめるかと思ったんだけど、朝の地下鉄より人が多くて大変だったからさ」

「もしかして、吉沢君って人ごみは苦手だけど屋台とか出店って好きなの?」

「うん、好きだよ。普段見ないものがたくさんあって面白いからね」

「それだったらさ、規模はホント小っちゃいんだけど、八月の終わりに私の地元の商店街でお祭りやるんだけどね。よかったら一緒に行ってみないかな?」

「楽しそうだけど、その頃って大会とか大丈夫なの?」

「部活自体はあるんだけど、夜は大丈夫だよ。さすがに夜中までは体がもたないからね」

「僕も大丈夫だと思うけど、他にも誰か誘っておいた方がいいかな?」

「いや、小さい商店街の祭りだし、あんまり多かったら迷惑かもしれないし、ゆっくり見て回るなら人数少ない方がいいんじゃないかな?」

「なるほど、そういう考え方もあるんだね。じゃあ、日野さんとお祭りに行けるの楽しみにしてるよ」

「私も部活ばっかりでちょっと息苦しく感じてたんで今から楽しみだよ」


 今日の授業も終わって部室に向かっている途中に後輩の白浜が僕に絡んできた。


「先輩ってライラックまつりに行くんですか? 行くとしたら、彼女いないから一緒に行く相手はいつもの人達ですよね」

「お前は本当に失礼な奴だな。僕はその祭りにはいかないよ」

「ちょっと待ってくださいね。その“その祭りには”の“には”って何ですか?」

「他の祭りには行くってことだよ」

「ああ、神宮祭ですね。吉沢先輩が他の先輩達と一緒に行って後悔するやつですね」

「行くかはわからないけど、後悔なんてするわけ無いじゃん」

「神宮祭でもないってことは、オータムフェストか雪まつりですか?」

「そんなに遠くじゃないよ。クラスメイトとの会話の流れでそうなったはず」


 僕の発言に驚いたのか、白浜は手に持っていた紙袋を落として中身をぶちまけていた。仕方がないので拾うのを手伝うと、少しばかりの気持ちを貰うことが出来た。白浜はプリントを拾っている僕に向かって何度も謝っていたけれど、そんなに気にする事は無いのだ。


「ねえ、先輩が私の為にプリント拾ってくれたからお礼にデートしてあげてもいいですよ」

「なんで上から目線で誘ってくるんだよ。白浜は彼氏いるだろ」

「あ、告られて付き合ってみたんだけど、すぐ触ろうとしたりキスしようとしたりした人の話だったらもう別れたんで大丈夫です。って、思い出したくもない話を思い出しちゃったじゃないですか。責任取って私とデートしてくださいよ」

「はいはい、部室まで一緒にデートしてあげるからそれで満足しろよ」

「そんなんじゃ満足できるわけないじゃないですか。女の子はワガママなんですからね」


 文句を言いながらも白浜は僕にちょっかいを出してくる。そんないつもの光景が繰り返されているわけだけど、いつもと違ったのはここから先の展開だった。


「ねえ、先輩も彼女出来たらキスしたくなるんですか?」

「さあ、彼女が出来た事無いからわからないけど、相手の気持ち次第じゃないか?」

「へえ、私相手に気を使ってくれなくてもいいんですけど、私が先輩の彼女だったとしたらどうします?」

「すぐに別れるかな」

「ちょっと、真剣に答えてくださいよ。別れたばかりで男性不審になりかけてるんですからね」

「えっと、じゃあ、真剣に考えるから少しだけ待ってね」

「そんなに待ちたくないんですぐに答えてください。私は今にも男性不審に陥りそうなんですから」

「そうだな、白浜は普通に可愛い女の子だと思うし、守りたくなるような感じだと思うんだよね。初対面の印象だとさ」

「初対面の印象ってことは今は可愛くないってことですか?」

「いや、今も可愛い後輩だと思うよ。守りたくなるような感じってのが最初の印象だったけど、今は一緒に楽しい事がしたいって思う気持ちが強いかも」

「それっていい意味なのか悪い意味なのか分かりにくいんですけど」

「妹とかじゃなくて、たまに会う仲の良い親戚みたいな感じって言うのかな。とにかく、今の白浜は一人の女性ってよりも親戚の女の子って感じに思えるくらいで、そんな白浜に他人の壁を感じないってのが素直な気持ちかな」

「つまり、私は元彼は振ったけど先輩には振られたって事ですね?」

「恋人ってよりも親戚の子ってのが一番近いかもしれないってことだからさ」

「じゃあ、親戚の子でもデートは出来ると思うんで、今日の部活が終わったら家まで送ってください。明日も明後日も私の心の傷が言えて男性不審にならないように送ってください」

「白浜って家どのへんだっけ?」

「家はイオンの近くです。近くって言っても道路渡らないですけど」

「それなら通り道だから大丈夫かも。でも、僕と二人で歩いてるのを他の男子に見られたら彼氏出来ないかもしれないよ」

「それならそれでいいんです。彼氏出来たら先輩とデート出来なくなっちゃうじゃないですか」

「僕に彼女出来たらどうする?」

「大丈夫ですよ。先輩には彼女なんて出来ませんから」


 白浜は持っていたプリントの束を僕に押し付けるとそのまま部室へと入っていった。部室の中にはすでに何人か集まっていて、男子たちは昨日のアニメの話をしているようだった。女子は白浜を呼んでコソコソと何かを話しているんだけど、とても嫌な予感がしていた。嫌な予感はしていたけれど、これと言って何も起きなかったのだけれど。


 ある程度人数も集まったところで、次回の校内新聞のテーマを決めることになったのだけれど、この時期は夏も近いという事でそれぞれが部活について取材をして記事を書くことになった。最低八百文字以上の記事を書くのは大変だけれど、僕は日野さんに取材を申し込んでみようかと思う。

 女バスは十分に全道を狙えると言われているし、調子次第では全国も十分に狙えるとも言われているらしい。そんなチームのエースが二年生の日野さんって言うのは素直に驚いた。


「吉沢って女バスにコネあったっけ?」

「同じクラスに女バスの日野さんがいるから聞いてみるだけ聞いてみようかと思ってさ」

「日野さんって去年の新人戦で一試合の最多得点決めたんじゃなかったっけ?」

「そうなの?」

「同じクラスなのに、おめえはなんで知らねえんだよ」

「その辺も含めて聞いてみることにするよ。練習忙しそうだから無理だったらごめんね」

「吉沢、ちょっとした日常会話でも良いから記事にかけよ。この学校で一番有名なのは日野さんかもしれないんだからな」


 僕以外にも体育会系の部活に知り合いがいる人は意外と多く、二三年生は勝手に取材対象を決めていた。一年生はそうともいかず、クラスメイトや友達が部活に所属している事はあっても、本格的に大会も始まっているわけではないのでどうしたらいいのかわからないようだった。


「じゃあ、大体の取材対象は決まったみたいだし、あとは各自交渉をしてくれ。もしダメだった場合は早めに連絡してくれよ。あと、一年はいきなり取材とか無理だと思うんで、誰かの取材に付き合って勉強してね。じゃあ、あとは各自自由にしていいよ。俺は彼女の部活を見に行ってくるね」


「部長ってホント自由ですよね。でも、構成力とかセンセーショナルな見出しを考えるのって上手いですよね。そうそう、私は先輩についていって取材の勉強させてもらいますね」


 いつの間にか隣に来ていた白浜がそう言うと、三年生の先輩女子達が嬉しそうにニヤニヤしてこちらを見ていた。ここまで露骨にされて白浜が僕の事を好きじゃなかったとして、僕がその気になって告白でもしたものなら新聞の記事にされてしまうだろう。それが怖いのでずっと気付かない振りをしていた。他の男子も面白がって僕で遊ぼうとしてるのだけれど、早めに牽制をしてるので大きな被害はないだろう。


「先輩はもう帰るんですか?」

「特にする事も無いし、帰っていいかな?」

「ダメですよ。私の仕事がまだ残ってるんだから、それが終わるまで待っててください」

「仕事ってのは何かな?」

「副部長たちに取材のコツを聞いてくることです」

「副部長にコツを聞くならそのまま副部長についていって記事書けよ」

「酷い、そんなのじゃ心に傷を負ってしまいそうだわ」

「悪かったよ。でも、僕なんかより上手な人たくさんいるんだから、そんなに僕にこだわらなくたっていいと思うよ」


 男子は皆早々に帰宅したみたいなのだけれど、女子はミステリアスな話も好きなのだろうか?


「副部長から聞いたんですけどいいですか?」

「質問の内容次第では答えないけど、それでもいいなら聞いてくれてかまわないよ」

「ライラックの花って基本は四枚らしいですけど、時々五枚ある花弁があるみたいですよ」

「四つ葉のクローバーみたいだね」

「考えた人が一緒なのかもしれないですね」


 ライラックの花が良い感じに咲き始めたら確認くらいはしてみようかな。幸せになれるとしたらそれはとても良い事だからね。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


 何だか主導権を全て握られてしまっているように思えていたけれど、生徒玄関を出ると一気に大人しくなってくれた。そこには女バスのエースである日野さんが立っていたのだ。


「吉沢君はこれから帰るのかな?」

「うん、日野さんも部活終わったの?」

「今日は早めに終わらせたみたいだよ。そっちの可愛い子は誰かな?」

「この子はうちの部活の後輩の白浜だよ」

「なかなか可愛らしい子ね。吉沢君の事が好きなのかな?」

「はい、先輩の事が好きですよ。日野先輩も先輩の事が好きなんですか?」

「さあ、どうだろうね。これから好きになってくかもしれないし、もう好きなのかもしれないけどね」


 僕はその二人のやり取りをただ眺めていた。

 僕を好きになってくれるのは嬉しいんだけど、出来る事ならその感情が本物だといいな。


「そう言えば、この前白浜に貰った植木鉢だけど、チューリップが咲いたよ」

「へえ、先輩のはチューリップだったんですね。ちなみに何色でした?」

「薄めのピンクだったよ。写真撮ったから見てみる?」


 僕がスマホに写真を表示すると、白浜だけではなく日野さんも一緒に覗き込んでいた。


「私のあげたやつからピンクのチューリップが育ったのってそう言う事でいいんですよね」

「ピンクの花が咲いたのは事実だけど、育てた人が重要で渡した人は関係ないんじゃないかしら」

「そんな事言ったって無駄ですよ。私はこれから先輩とデートですからね」

「そうなんだ。でも、私は吉沢君と約束してることあるけど、デート楽しんでね」

「先輩、日野先輩との約束って何ですか?」

「日野さんの地元の祭りに行くだけだよ」

「私ともお祭りデートしましょうよ」

「あんまり人混みが好きじゃないからなぁ」

「なんで日野先輩となら平気なんですか?」

「あんまりワガママ言っていると吉沢君も困っちゃうよ」

「あ、ちょっと待ってくださいね。日野先輩の地元の祭りってお盆過ぎですか?」

「そうだけど、それがどうかした?」


「日野先輩、日本代表に選ばれるくらい大活躍してインターハイで優勝してくださいね」

「あ、ありがとう」

「日本代表になったら夏休み終わった後も合宿で特訓できますもんね。そうなったら代わりに私が先輩とデートしておくんで安心してくださいね」


「日野さんは活躍してもらいたいけど、白浜のそんな言い方は良くないと思うよ」

「だって、私も先輩と一緒にお祭り行きたいです」

「ごめんね、私は活躍できるように頑張るけど、同じポジションにもっとすごい人多いから期待に応えられるかわからないな。全国って北海道より広いんだよね」

「じゃあさ、三人で行ったらどうかな?」


「「それはイヤだ」」


 取材の話をするのを忘れていたけど、今はそんな空気じゃないなと思いながらも街路樹を眺めていた。ふと目に留まったライラックの花を見てみると、花弁が五枚付いていた。


「あ、ラッキーライラックだ」

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