第6話 マリーゴールド 変わらぬ愛

 父と会ったのはずいぶん久しぶりな気がしていた。出張に行っていたわけではないので同じ家にいるはずなのだけれど、父は完全に夜型の生活リズムになってしまっていた。私が中学生の時まではなるべく時間を合わせていてくれたみたいだと知ったのは、つい最近の事で、子供が義務教育を受けている間は普通の生活リズムで頑張る約束を母としていたようだ。もちろん、その時は母が亡くなるとは思っていなかったようだけれど、その約束を守った父は本来の生活スタイルに戻ってしまったようだ。夜型の生活になってから作品の完成度も評価も上がっているようで、私の為に色々と我慢してくれていたのだと知った。


 高校生活も折り返し地点に入ってくると、そろそろクラスに馴染んでもよさそうだとは思っているのだけれど、私は百合ちゃん以外のクラスメイトと普通に会話はするけれど一対一で話したことが無い程度には打ち解けていた。中学までは百合ちゃんがいない時はほとんど口を開いた記憶がなかったのだから、それから比べると大きく成長できたのではないだろうか。

 高校二年生の一番大きな行事は修学旅行だと思うのだけれど、私は百合ちゃんと班が別になる事だけは避けないといけない。仮に、別の班になったとしても百合ちゃんは私と行動してくれると思うのだけれど、そうなると他の班員が可哀そうな事になると思われる。

 百合ちゃんの行動一つ一つに助けられている私ではあるけれど、百合ちゃんにお返しがどれくらい出来ているのか考えてみても何一つ思い浮かばなかった。


「ねえ、カスミは修学旅行の自由時間はどこに行く予定?」

「いや、どこに行くかも知らないから決めようがないでしょ」

「そっか、一緒に旅行行くなんて小学生の時以来じゃない?」

「一緒に旅行行ったことなんてあったっけ?」

「ほら、私が告白されたあの旅行だよ」

「アレは宿泊研修だよ」

「そっか、でも、中学の時は一緒に行けなかったもんね」

「それは私が悪いんだから気にしなくていいよ」


 私は小学生の時も中学生の時も修学旅行には参加しなかった。それについては父親も先生方も反対はしなかったんだけど、参加するように説得されていたら私は一人でも参加していたかもしれない。クラスの何人かは私と話をしようとしてくれたこともあったし、全員が私に対して意地悪をしていたわけではないのだから。

 小学生の時は物を隠したりゴミを机に置かれたりといったいじめが多かったけれど、中学生の時は隠されるものも増えていたし机の上にゴミの代わりに卑猥な本が置いてあったりもした。その本はすぐに先生に手渡ししたのだけれど、先生方は私の事に構っている暇はないみたいだった。私も私で、直接日常生活に影響が無いものはほとんど無視していたのだけれど、気付いた時にはさらにエスカレートしていたように思える。それでも私はイジメられている自覚がなかったのだ。


 今のところ高校ではそう言った事は起きていないのだけれど、百合ちゃんは私がイジメられていた時に守れなかったことを後悔しているらしい。私は気付いていなかったしイジメの事実も学校は隠したかったみたいなので気にしなくていいのだ。それでも百合ちゃんは私に何度も何度も泣いて謝ってくれていた。私は謝られても気にしないのだけれど、百合ちゃんの気持ちが少しでも落ち着くのなら何度でも受ける覚悟は出来ていた。


 そうは言っても、百合ちゃんは愛華を見て以来遊びに来ることは無く、私の家の話題も出さなくなっていた。その代わりなのかはわからないけれど、毎朝私の家まで迎えに来てくれるようになっていた


「あのね、カスミは知っているかわからないけれど、私もカスミみたいに花の精霊みたいなのが家にいるんだよね」

「そうなんだ、その人って誰にでも見えたりするのかな?」

「私の家族には見えてないみたいなんだけど、もしかしたら死んだ妹の生まれ変わりなのかなって思ってたんだよね。でも、精霊が産まれたのって日本でいう江戸時代末期らしいから誰にも相手にされなかったみたいだよ」

「そんな事を私に言ってもよかったの?」

「カスミは特別だから大丈夫だよ。それに、こんな話は直接見た人以外は信じないだろうからね」


 私の家にいる愛華も私以外に見える人はいなかったんだけれど、百合ちゃんには問題なく見えていたようだ。その事で少しだけ百合ちゃんを恐れた愛華は何もせずに林の奥に隠れてしまった。

 そんな事があっても無くても私と百合ちゃん以外には見えないのだから気にする事も無いとは思う。それでも用心しているのは良い事に思える。


 家に帰ると久々に動いている父を見たのだけれど、修学旅行に参加することを伝えるとそのまま仏間に行って仏壇に手を合わせていた。そこまでする事でもないだろうと思って行動していたのだけれど、少しだけ大人へと成長した私は母に報告することにした。

 写真の母は優しく微笑みをかけているのだけれど、私はその顔がどうも作り物のように見えてしまっていた。ビデオでしか見たことのない動いている姿と比べても、違和感は数えきれないくらい用意されていた。


「おかえりなさい。今日はカスミの好きそうな花が咲いているよ」

「私ってそんなに花が好きじゃないんだけれどね。百合ちゃんの方が詳しいんじゃないかな?」

「そうかもしれないけれど、あの子はなんでもできそうだもんね」

「何でも出来るのかはわからないけれど、愛華と同じようなのが百合ちゃんの家にもいるらしいよ」

「それって凄いね。でもさ、強力な力がぶつかると危険だから連れてきても意外と我慢しちゃうのかな?」

「前世での悔いを払拭することが出来ればいいね」


 私は愛華が何かに怯えているように見えたのだけれど、それ以上に花壇に咲いている花が目に付いた。その花に近付くと独特な匂いが漂っていた。この花の周りには虫もそれほど集まってはいないようだった。


「その花はマリーゴールドだね。花言葉は『信頼』『変わらぬ愛』だね。カスミはどちらも手に入れてないみたいだけど、私の愛で良かったらいくらでも貰ってね」


 そんな事を言われても幽霊みたいな存在から愛を貰うのは間違っているように思える。いつか私にその二つを与えてくれる人が出来たらいいなと思っていた。


「そうだ、その二つの他にも花言葉はあるんだった『嫉妬』『悲しみ』だったかな」


 愛華が新しく教えてくれた熟語は私に馴染みのある言葉のようにも思えていた。嫉妬の感情は無いのだけれど、悲しみならいつでもどこでも簡単に感じているように思っていた。それで何があるのかと言われると、何もないのだ。


 私が嫉妬するような相手の行動が気になるけれど、私は私でこれからも生きていくと思われる。いつか勲章を貰った時は自慢してくれるといいだろう。その時は存分に嫉妬してしまおう。

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