第2話 百合 純粋

 私と百合ちゃんは意外と共通点が多いのだ。まず、誰もが感じていると思うのだけれど、二人とも花の名前である。百合は気高く美しいので主役と言っていいと思うのだけれど、カスミソウはどちらかと言えば主役を引き立てる脇役と言った感じだろう。実際の人間関係もそんな感じだったのだけれど、ある時を境に二人の距離が離れてしまったことがある。その事についてはもう少し後で話すことにしておこう。

 もう一つの共通点は大事な家族を失ってしまっているという事だ。私は生まれてすぐだったのでそれほど強い思いを抱いていないのだけれど、百合ちゃんは小学六年生の時に海難事故で弟を亡くしている。私はその時に初めて人の死というものにちゃんと向き合ったのだと思うけれど、やはりどこかの部分で死は遠い出来事だったと感じていた。

 百合ちゃんは勉強も運動も出来るクラスのスーパースターの様な存在で、例えるなら百合であったり向日葵であったり薔薇であったりと主役になれるような花だと思う。それとは逆に、私はどちらかと言えば目立たないタイプではあるけれど我慢強いところがあって山茶花みたいだと言われたことがある。それを言ってくれたのは百合ちゃんなのだが、二人の一番大きな共通点はお互い花が大好きだという事だ。


 私は小さい時から母親がいない事をからかわれたりもしていたけれど、それほど気にしていなかった為かちょっとした言葉の暴力にも気付かずにやり過ごすことが多かった。私自身は本当に気付いていなかったのだけれど、そんな時に私を気遣ってくれたのは他でもない百合ちゃんだった。

 私は父親と祖父母以外の人と関わる事がほとんどない子供時代を過ごしていたためなのか、幼稚園に入園しても周りの友達とどう接していいのかわからない日々を過ごしていた。良く知らない男の子に母親がいない事をからかわれたりもしていたけれど、私はそれに対して何のリアクションもとっていなかったそうで、反応の無い私をいじっても楽しくないとわかった男の子が私に構ってくることは次第に無くなっていった。

 幼稚園時代から孤独に慣れていた事は事実だけど、それなりに寂しさを感じてはいた。そんな時に私は幼稚園にある花壇を眺めていたのだ。時々ではあるがそこで百合ちゃんと出会ってお花の話をするようになっていって、いつの間にか仲良くなっていた。

 お互いが花の名前だという事もあったのだけれど、仲良くなれた一番の理由は二人とも花が好きだったからだ。しかし、私は小さいながらにその頃から百合ちゃんとの差を感じていたと思う。それでも、幼稚園で人気者の百合ちゃんと仲良くなっていくと、私をからかっていたような男の子たちも普通に接してくれるようになっていたのだ。百合ちゃんの行動一つで私の世界は変わるのだと感じた最初だった。


 次に世界が変わるのだと感じたのは小学五年生の時の宿泊研修の時だった。


 私は百合ちゃんを通して仲良くなっているグループで行動をしていたのだけれど、そこまで深い付き合いがあるわけでもないので百合ちゃんがいない時は少しだけ居心地の悪さを感じてしまっていた。それは相手も同じだったのだとは思う。

 百合ちゃんは私から目を離すと一人でどこかに行ってしまうと思っていたらしく、基本的には一緒にいてくれていた。一緒にいてくれるのは私も嬉しかったし、一緒に過ごす時間は大切だったのだけれど、施設の関係でお風呂に入る班が出席番号の関係で別になってしまったのだ。

 私はそこまで長湯ではないし、一緒に入っているクラスメイトともそれほど仲が良いわけではないので頭と体を洗い終わってある程度湯船に浸かるだけでお風呂から上がってしまった。

 部屋に戻れば百合ちゃんがいると思っていたのだけれど、部屋には誰もいなかった。しばらく待って見ても帰ってくる様子が無かったので、父親から貰ったお小遣いを使う事に少しだけ躊躇してしまったけれど、喉が渇いていたので自販機に向かう事にした。

 途中で先生やお風呂上がりの生徒とすれ違っていたのだけれど、どこの自販機も飲みたいものが売り切れていたのを覚えている。その時はやっていた健康飲料だと思うのだけれど、今にして思えばそこまで美味しい感じはしていなかった。当時は周りに合わせて流行の波に乗ろうとしていたのだろう。

 結局のところ、館内にある自販機では目当ての飲み物は見つけることが出来なかったので、外にあった自販機まで買いに行く事にした。もしも、過去に戻って自分に何か一つ忠告出来るとしたら、この決断を変えさせるか少しでも遅らせておきたいと思う。

 なぜそう思うかと言うと、私はその自販機で目当ての飲み物を買うことは出来たのだけれど、百合ちゃんがクラスの男子に告白されている現場を目撃してしまったのだ。告白だけならよかったのだが、百合ちゃんに振られた男子は百合ちゃんに手を挙げたうえに、無理矢理キスをしてしまったのだ。

 私はその事に驚いて持っていたジュースを落としてしまった。その音に気付いた男子が私の横を慌てて駆けていったのだけれど、すれ違いざまに思いっきり突き飛ばされてしまった。幸いにも突き飛ばされた場所は芝生だったのでそれほど痛くはなかったけれど、もう一度お風呂には入りたいと思ってしまった。

 百合ちゃんは自分がされた事よりも私がされた事の方がショックだったようで、なぜか私を抱きしめながら泣いて謝ってくれていた。私は何と言っていいのかわからないまま固まってしまっていた。


 泣きながらも何度も謝ってくる百合ちゃんを抱きしめることしか出来なかった私ではあるけれど、見回りに来ていた先生に発見されるまでは二人とも泣き続けていた。私は何が悲しかったのか、それとも、百合ちゃんの気持ちが嬉しかったのかわからないけれど、あふれ出る涙を止めることは出来なかった。

 その後は二人で一緒にお風呂に入っていたのだけれど、その事を知った一部の男子が私と百合ちゃんがレズだという噂を流し始めていた。噂を流した張本人は百合ちゃんに振られた男子だと後でわかったのだけれど、どんな事でも私を庇ってくれていた百合ちゃんはその噂に耐えることが出来ずに私から離れていってしまった。

 その事で百合ちゃんを恨んだことは無いし、噂を流した男子をどうにかしたいと思った事も無い。出来る事なら、あの現場を目撃したくはなかったというのが本心である。


 しかし、いつまでも二人の仲が悪いままではないので安心してほしい。百合ちゃんとはその後に以前より仲良くなったのだけれど、それは中学生になってからの話なのでまた別の機会にお伝えすることになると思う。


 私は幼稚園には行ってから百合ちゃんと仲良くなるまでの短い時間だけ孤独に過ごしていたのだけれど、小学五年生にして再びその孤独と向き合う事になった。

 百合ちゃんを通して付き合っていたグループと疎遠になるのは当然として、私がそう感じただけかもしれないけれど、先生方との距離も以前よりは離れているように思えていた。それでも、私は孤独が寂しいとは思わなかった。家に帰って花壇の手入れをしたり花の世話をしている間は愛華が私の相手をしてくれていたのだ。

 父にも祖父母にも見えない私だけの友達だけど、百合ちゃんと同じく愛華も花が大好きなのだと思う。二人の会話の中心はいつも綺麗な花の話題だった。


「そうか、百合ちゃんと仲違いしてしまったんだね。それでもいつかは仲直り出来ると思うからそれまで我慢して過ごすのだよ。もしかしたらだけど、百合ちゃんは『純粋』と言われる純白の百合ではなくて、赤や黄色い百合の花なのかもしれないね」


 色によって花言葉が変わる事が多いのだけれど、百合ちゃんの場合はどれも当てはまっているように思えていた。


『純粋』『虚栄心』『華麗』『偽り』


 そのどれもが百合ちゃんの本質のようにも思えるし、どれもが見せかけのものにも見えていた。

 それでも、私の中の百合ちゃんは一輪で主役になれる純白の百合なのだが。

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