丘の上のロボット
にこ
第1話
「また今度会ったらさ、結婚しよう」
君はそう言って僕の前からいなくなった。あの日あの丘から見た夕日を僕は決して記憶から消さないだろう。
彼女に巻いてもらっていたせいで僕は頭のゼンマイの巻き方を忘れてしまった。頭が正常に動かない。巻き方を思い出したのは彼女が姿を消してから1週間ほどたってからだった。
『君がいない世界を生きる意味があるのか?』と壊れた僕は頭の中でそんな言葉を1週間繰り返していた。
『また昨日の慟哭を繰り返すのか?』
『いや、もうやめよう。意味が無い』僕の頭の中での言葉の繰り返しは突然終わった。
軋む体を起こして部屋を見渡す。廃墟のように散らかっているが確かに僕の部屋だった。僕は君と出会ってからのことを思い出すことにした。
僕らが出会った時には彼女との間に大きな壁があった。この世界が作った物理的な壁と彼女が作った精神的な壁。その壁は時が経つごとに、僕らが会う度に薄く、小さくなっていった。しかし、その壁が完全になくなることはなかった。
僕たちはいつからか日曜日になる度に丘に登りその頂上で1日を過ごした。僕らは先祖代々続いているおかしな風習みたいに丘に登り、昔の偉い人が決めて義務付けられたみたいに頂上のベンチに2人で座っていた。そこに会話はほとんどなく、ただお互いの存在を意識しているだけだった。それが僕にとってはとても幸せなことに思えた。
彼女は多くは語らないし、僕も何かを語るのは苦手だった。だから僕は君の事を深くは知らないし、彼女もそうだと思う。彼女は僕と違って多くのことを考えているけど上手く言葉に出来ないようだった。
珍しく彼女が口を開いた日があった。1年前のクリスマスの日曜日、丘の上から見下ろす町は光で満ちていた。
「私、クリスマス好きなんだ。普段は嫌なものが溢れているこの町も今までが嘘のように綺麗に飾られるでしょ。それにこの日だけは誰も人に悪意を向けようなんて思わないから」
「じゃあ、町に降りようよ。僕と一緒に降りるのが嫌なら君一人だけでも」
「ありがとう。でもここからがいいの。あの光は私にはちょっと眩しすぎるから」
『今度会ったらさ、結婚しよう』
その言葉を彼女がどんな気持ちで、どんな思いで言ったのか僕には分からない。彼女はいつも色んなことを思っている、それらは虹の上にいるような美しいこともあれば暗い海の底にいるようなこともあるだろう。どれも僕には想像もできない。彼女といると僕の脳みその中にあるたくさんのものが全てゴミに思えてくる。
僕は自分なりにあの言葉の意味を考えてみることにした。これはきっと僕に都合のいい解釈になるのだけど僕はあの言葉を『あの丘でずっと待っていて欲しい』と解釈する事にした。その方がずっと楽だから。
きっと彼女は何か大きな問題を解決しに行ったのだと僕は思う。それは僕らの問題で僕には解決できない問題なのだろう。彼女に向けられる悪意を全て僕が受け止めてあげたいと僕は思っていた。例え体がバラバラにされようとも。そんなふうに思っていたのに彼女を一人で行かせてしまった自分が憎い。僕がどうなろうと彼女さえ隣に居てくれれば僕は幸せなんだ。
僕は彼女を待つためにあの丘に登った。これからも毎週歩き続けることになるであろうこの道は彼女と共に歩いた道とはまるで違うものに見えた。丘の頂上はいつものように誰も居なく、ベンチだけが僕を待っていた。
僕は記憶の中の彼女に言う。
「また今度会ったらさ、結婚しよう」
丘の上のロボット にこ @2niko5
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