入学式

 頭痛に苛まれたわけでもなく、誕生日を迎えたわけでもなく。神様や悪魔に出会ったわけでも、突然気絶するようなこともなく。

 実にあっさりと、私は前世の記憶を取り戻した。


 正確には、今いる世界の元ネタがゲームであるということを思い出したといったところか。


 戦乙女の聖なる口づけというタイトルで発売されたゲームは、外伝作品や続編が製作される程度には人気のゲームだった。ノベルゲームでありながらRPG要素も多分に含んだシステムは、男女問わず人気があった。

 主人公が魔王を倒すために旅に出て、それを支えるヒロインたちが主人公に恋心を抱くという、ハーレムものにありがちな設定だけれど、主人公はその中から一人だけを選び幸せに暮らすという結末を迎える。もちろん魔王を討伐した後で、だ。

 王女、豪商の娘、大将軍の子、最年少宮廷魔導士というそうそうたるメンバーがそろうヒロインたち。主人公は平民出身の勇者であることを除けばごく普通の男の子。玉の輿を狙うなら私もヒロインたちに加わるべきだろう。なにせ私が記憶を取り戻したこの場所こそ、ヒロインたちが主人公と出会うことになる王立士官学校。それもその入学式の最中なのだから。


「新入生の諸君、まずは入学おめでとう。例年のおよそ3倍という、我々の予想を大きく上回る数の生徒が集まってくれた。各々の思惑はどうあれ、我々は教育者として、諸君らを歓迎する」


 妙にとげとげしい言葉を発しながらも、学園長と紹介されたそのおじいさんは私たち新入生を祝福してくれた。


 確かに、さっきまでの私はある目的があってこの学校に入学した。入学するにあたって邪な思いを抱いていたことは、否定できない。


 この国の王女、つまりヒロイン候補の一人が、なんの気まぐれか王女専属の親衛隊を発足させ、さらにそのメンバーを今年の入学生から選ぶという噂が、平民でありただの町娘である私にも伝わってきたのだ。


 ただ、今の私はその親衛隊に入りたいなどとは微塵も思っていない。なにせヒロインの一人である王女の親衛隊だ。必然的に、主人公と出会ってしまうことになる。道端ですれ違う程度ならまだしも、王女の親衛隊として主人公と接触するとなると、もしかしたら顔を覚えられるかもしれない。何より私は武闘派ではないので親衛隊はもとより軍に入隊することさえ今では嫌なのだが。


 そんなわけで、今の私は学園長が敵視しているような、『王女に近づきたいがために入学した生徒』ではない。学園長が歓迎するであろう『国のために戦うことを厭わない生徒』でもないけれど。


「ちなみに、新入生の数が多いということで教員が不足している。近いうちに新たな教員を招く用意があるが、それまでは学園長である私も君たちの講義を担当する予定だ。至らない点もあるかと思うが、よろしく頼む」


 学園長シルヴァ・サーランドといえば、後に主人公の師匠として深く物語に関わることになる、それはそれはものすごくつよいおじいさんである。


 強さに純粋で、それ故に王女目当てで入学してきた生徒を快く思わない、理性持つバトルジャンキー。そんな彼が一般的な講義など出来るはずもない。主人公に教えるときのように、正規兵でさえ逃げ出したくなるような厳しい教えになるのではなかろうか。彼が持つわずかな理性が働いてくれることを願うばかりだ。


 と、入学式はそのまま事件が起こるわけでもなく平和に終わったのだが。


「ゲームに王女の親衛隊なんて設定出てきたっけ……?」


 前世の記憶を取り戻して間もないというのに、早くもシナリオ崩壊の気配が漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る