古本市
ある古本市に行った時の話です。
何気なく手に取った本でした。
題名は覚えていないのですが、哲学か宗教関係の本だったと思います。
本の装丁がとても綺麗で、曼荼羅みたいな模様が浮かし加工されてて、手触りも良かったんです。
パラパラめくっていくと、哲学とは、宗教とは、人間世界を生きる上で必要な善とは、とすごい難解だったんですけど、とりあえず字面を追う感じで読み進めてました。
だんだんと宇宙の存在、深淵、深層心理といったキーワードが並んで、たましいの起源がどうとか怪しげな雰囲気になってたんですけど。
この本の持ち主だった方は、かなり熱心だったみたいなんですね。
ものすごく読み込んだ跡があって、それに、あちこち赤ペンでラインが引かれて、細かい字で何か書き込まれているんです。
それもページが進むにつれて赤ラインやマーカーがどんどん増えていって、ほぼ全文にマーカーが引かれているようなページもありました。
余白は小さな字で書き込まれていて、なんていうか、ページ全体が文字で塗りつぶされているみたいでかなり異様でした。
怖いもの見たさで読み進めてたんですけど、マーカーや赤のラインはページ全部の文章に引かれてますし、余白の書き込みは細かすぎて判読できなくなっていくんです。
そして、今度は文章の所々が黒く塗りつぶされていくようになったんです。
その塗りつぶしはどんどん多くなって、文章の中の一節や単語を残して塗りつぶすようになっていきました。
もう、ページの大部分が、書き込みと塗りつぶしで真っ黒なんですよ。
これはいったい何だ?
そんなことを思っていると、あるページで目が止まりました。
書き込みと塗りつぶしでほぼ真っ黒のページの中で、一文字だけが塗りつぶされずに残され、赤で丸く囲ってあるんです。
「先」 でした。
なんだろう?
次のページでも同じように、塗りつぶされずに「他」の一文字が残され、赤丸がついています。
そこからは、真っ黒のページをめくる度に赤マルされた文字が続いていたので、なんとなく感覚で読んでいったんです。
ク
さ
け
る
光
を 求
る
な
ら
から
を
し
む
け
と
な
え よ
の
「喝!」
パァン!と背中を叩かれてたまげました。
振り向くと、店主のおじいさんが厳しい顔で私を見つめていまして。
「大丈夫ですか?」
落ち着いた威厳のある声で尋ねてきたんです。
な、何がですか?って。
突然背中を叩かれた理由もわからないので、聞き返したら。
私は、ヘッドバンキングのように首を振りながら、大声で念仏かなにかを唱えていたんだそうです。
まったく自覚がないんです。
フツーに本を読んでいたはずなのに。
そんな私の異常さから何かを感じとったらしく、それでご主人が喝を入れてくださったんだそうで。
「たまにこういうものが紛れるんです。申し訳ありませんでした」
と言うとご主人は、呆然とする私の手からその本を取るなり
「どれでも、並んでいるものから好きなのを持っていってもらって結構です」
そう言ってご主人は、奥の席に座りました。
とりあえず「芥川龍之介 全集」をいただいて帰ったんですけど。
うかつに変な本を開くもんじゃないのかなって思いました。
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