海釣り

私は海釣りが唯一の趣味なんですが、一度だけ不思議なことがありましたですね。



その日は防波堤で昼過ぎから始めたんですけども、こりゃあぜんぜんだめだって感じがしましたですね。

ボウズですね。

釣れる気がまったくしませんでしたね。

イソメを誰かにあげてとっとと切り上げようとも思ったんですが、まわりにいた釣り仲間はいつの間にかいなくなってましたから。

今あるイソメを使いきったら帰ろうくらいに思ってたところですね。

そんなんやってましたら急に、ですよ。

風がバーッと吹いてキャップが飛ばされてしまったんですね。

あーっと思って慌てたんですけども、うまい具合に後ろ側のテトラポットの間に落ちていくのが見えまして。

いやー良かったこれなら取れるぞって思ってですね、竿を置いて後ろ側のテトラポットの下の方をのぞいてみたんです。

赤いキャップだったんですぐ見つかったんですけども、キャップがスーッとテトラを避けるようにして沖のほうに抜けていくんですね。

お?と思って目で追うと、テトラの少し先、私が立っているところから5mほどのところでくるくると回りながら浮いていまして。

よく見ると、そこに小さな渦ができているんですね。

その渦に合わせてキャップが回転していたんですがなんでしょうね、渦の周りの水だけがやたらと綺麗で、底の方まで見透かせるくらいになっているんですよ。

なんじゃこりゃ?って思いながらようく見てみますと、渦の近くに結構魚がいるんですよ。


もしかして、ここに垂らしたら釣れるんじゃないかって思いまして。


キャップのあたりにさっそく垂らしたらですよ。


もういきなり!ぐぐぐぐぐーっと!


大きいアタリが竿を伝わってきましてですね。

そぉれってあげたらイシモチですよ!

30cmはありましたねぇ。


もう一度、渦めがけて糸を垂らしたら今度はクロダイ!

これも30cmはありましたですねぇ、いやぁこりゃすごいぞと。


そんなんでもう入れ食い状態でして、ええ。

サバ、カワハギ、スズキ、アイナメと次から次に、垂らせば釣れるを繰り返してましてもう私嬉しくなりまして、一生懸命釣りましたよ。

そうしたらあれよあれよとイソメがなくなっちゃったものですから。

近場の釣り具屋に喜び勇んでイソメを買いに行きましたよ。

そしたらそこのおばちゃんがですよ


「あら!あんた渦みたんでしょ?」


って言ってくるんですよ。


もう私驚きまして。

なんでおばちゃん知ってんの?って聞いてみたら、おばちゃんが手を振りながら

「あんたみたいにはしゃいで入ってくる人は皆そうなんだよ。それにもう渦はなくなってるわ」

って言うんですね。


不意を突かれて、まごついていたら

「戻って見てごらん。それからでも遅くないから」


って言われまして。

いったん例の渦のところに戻って来たらですよ。


もう渦はなくなってましてねぇ。


ほんとだおばちゃんの言う通りだと思ってですね。

竿を片付けて、もう一度おばちゃんの所に行って話しました。

そしたら、言ったとおりでしょ、なんて笑われたあとに教えていただいたんですね。


なんでもそこの海では昔から、ヌシだかなんだかが気まぐれに釣り人に恵みをあたえてくださることがあるそうで、私はそのおめがねに叶ったということらしいんですね。

そう何度もあることじゃないから、心の中で良いから感謝なさいと言われましてね。

はぁそういうこともあるもんかと感心したんですが、まだなんとも腑に落ちないものを感じていたのも事実でして。

あんまりそういうのは信じないタチですから。

まあおばちゃんにお礼を言って家に戻ったんですけども、そこでまたびっくりしまして。



トランクの中にキャップが置いてあったんですよ。



私はあの時、渦にキャップ浮かべたままはしゃいで釣りしてましたから、イソメ買いに行ったときもそのままだったんですね。

その後、荷物を片付けてたときもキャップのことはすっかり失念してましたから、私はキャップを海に浮かべたままのはずなんですね。

なにせトランクを開けて初めて、キャップを回収してないことに気付いたくらいで。

それでそのキャップが目の前にあるわけですから。




しかも、まったく濡れていないんですよ。




あ、これは海のヌシだか神様だかの仕業と考えるほかないな、と。

しみじみ思いましたですね。



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