チャーシューがない店
ある町中華でバイトをしていた頃なんですけど。
そこの中華屋さんは地元で結構人気のお店で、僕も高校帰りによく立ち寄っていたところでした。
ただ不思議なことに、そこのお店にはチャーシューがないんですね。
ウリは坦々麺で、ひき肉たっぷりの旨辛スープがダントツ人気でした。
もちろん餃子とか青椒肉絲とか何を食べてもうまいんですけど、普通の中華そばに入っているのもひき肉っていう変わった中華屋なんですね。
ある時、マスターに聞いてみたんですよ。
なんでチャーシュー作らないんですか?って。
そしたら、誰にも言わないことを条件に教えてくれました。
マスターがいつものようにチャーシューを作ろうとすると、いつからか赤ん坊の鳴き声が、どこからともなく聞こえるようになったんだそうです。
最初のうちは気にしなかったんですけど、その声がどんどん大きくなっていって、とうとう店内から聞こえるようになってきて。
当時マスターは独身だし、店内のどこかに赤ん坊がいるはずもない。
決まってチャーシューを作るときに限って聞こえていたんですが、鳴き声だけだし、どうやら聞こえるのは自分だけらしいということもあって無視していたんだそうです。
ある日、チャーシューの仕込みに入っていると、またいつもの赤ん坊の鳴き声が聞こえ始めた。
その頃にはもう慣れっこになっていたので、マスターはいつものように聞こえないふりをして作業していたんですが、その日の鳴き声はいつもと違うな、と思ったそうなんです。
声が小さいんですね。
いつもだったら店内のどこかに寝かされているんじゃないかってくらいに泣き声がやかましかったのに、今日はなんだか声が遠い、というか、こもっている。
ヘンだなって首をひねっていたんですけど、まあ声が小さいなら仕事に専念できて良いかと思って、寸胴に漬け込んでいた豚ロースを引き当げたら
紐でぐるぐる巻きにされた赤ん坊だったんです。
マスターに吊るし上げられるようにされた赤ん坊が、鼓膜を破らんばかりに鳴きわめいていたそうです。
マスター絶叫したそうです。
そのまま赤ん坊を寸胴に落として蓋を閉めたんですが、寸胴の中からこもった鳴き声が聞こえてくるので、その日は店を臨時休業にしたそうです。
翌日、恐る恐るお店に戻ってもう一度引き上げてみると、それはただのチャーシューでした。
でももうチャーシューを作る気にはなれず、それからお店ではチャーシューを出さないことにしたんですが、作らないと決めてからは不思議と、赤ん坊の泣き声が響くことはなくなったそうです。
誰にも信じてもらえないだろうし、祟りだのバチがあたっただのヘンな噂たてられたんじゃ商売に響くってことで誰にも言わなかったらしく、僕にも内緒にするよう口止めされました。
その時マスターは、全く身に覚えがないんで困ったよ、と言っていたんですが、本当は何か知っているんじゃないかって僕は思っています。
「何か心当たりあるんですか?」と僕が聞いた時にみせた表情や、「祟りだのバチが当たっただの」と、因果を匂わせることに限定して考えているあたりに少し、怪しさを感じたからです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます